『未来よ こんにちは』山本貴光×吉川宏満インタビュー

「哲学の劇場」山本貴光×吉川浩満が『未来よ こんにちは』を語る 吉川「人生は哲学的テーマの連続」

山本「フランスと日本は対比的」

 

ーー実際、フランスでは高校生の頃から哲学の授業があるんですよね?

山本:フランスの高校(リセ)では最終学年で哲学を勉強すると言いますね。哲学的な議論や考え方を経験した後で、文系も理系もそれぞれの道に進んでゆくわけです。こういうことを言うと“出羽守(ではのかみ)”みたいで嫌ですが、日本とは対比的ですね。一応、倫理のような科目はあるし、そこには哲学者も登場するけれど、冒頭で話したような本来の哲学とは大きく違います。足元の土台を考えるというよりも、礼儀やモラルなど、人としてどう生きるかのほうに重心があるように見えます。それはそれで不要なわけじゃないけれど、おそらく哲学だったら礼儀が必要とされる理由から考えるでしょうね。

吉川:哲学が専門学科に押し込められているのが残念だよね。

山本:これは余談ですが、学術の歴史を辿れば、今でいう国語、数学、理科、社会といった科目に相当する学問はすべて哲学の領域でした。例えば古代ギリシアのアリストテレスのような哲学者は、万学の祖と呼ばれたりするように、諸学を探究していた(その様子は『アリストテレス全集』で確認できます)。日本語では「哲学」と訳されている「フィロソフィー」という言葉も「知ることを愛好する」という意味の古いギリシア語(ピロソピア)に由来するように、別に身構えるようなものではなかったんですよ。いろんな物事に好奇心を向けて「なんだろう?」と知ろうとするのがフィロソフィーでした。

ーー母親の葬儀でパスカルを引用していたのも印象的です。

山本:パスカルは、今でいう科学者であり哲学者だった人ですね。他方で宗教の重要性も説いていました。彼が生きた17世紀は、後に「科学革命」の時代と呼ばれたりもします。従来は教会の僧侶が学問も担っていて、信仰と知はそれなりに調和していたところ、科学が進展して両者の溝が深まった時代でもあります。ガリレオの裁判でよく知られている天動説(教会の公式見解)か地動説(科学の知見)かというせめぎ合いはその象徴のような論争でした。ナタリーが引用したパスカルは、そんな時代に信仰と知をどうやって折り合うかを考えた人でもあったわけです。先ほど吉川君が、ナタリーはイデオローグのふたりに引き裂かれていると言いましたが、葬儀の場面は、知と信仰のあいだに置かれている状況でもありました。

吉川:アドルノやホルクハイマーなど、フランクフルト学派の人びとの教科書をつくっているところもナタリーのキャラ付けによく効いていると思います。60年代の学生運動の時に矢面に立たされた人たちで、思想的には完全に左派なんですけど、でも過激な学生からみたらブルジョア的に見えてしまった。権威主義者からも、ラディカルな若者からも反感を買う人たちだったんですよ。まさにファビアンが、ナタリーに「言葉と行動が一致していない」と指摘していましたが。

山本:それからとても印象的だったのは、ナタリーとファビアンが車に乗っているシーンで流れるウディ・ガスリーの歌です。実はこれが本作の要なんじゃないかと勝手に思っています(笑)。子供が、僕のパパが鉄を作っているから君のパパは飛行機で空を飛べるんだと言っている。ちょっとオオゲサに聞こえるかもしれないけれど、人は互いに意識したり気づいたりしていなくても、お互いがやったことの組み合わせで生きているよね、ということですね。いいことも悪いことも含めて、誰かの行いが別の誰かにつながって私たちの生活や社会は回っている。この歌も、強く主張を伝えるというよりは、ふたりの人物がなにげなく聴いているという形で示されています。

ーー作品の中に生きるヒントのようなものが描かれているんですね。

山本:ナタリーは言ってみればどんどん孤独になっていきます。でも彼女は様々な場所に出かけ、議論を交わし、前進していきますよね。いわばオープンマインドな生き方を見せてくれている。今の自分にとって異物に感じられるものでも、すぐに拒絶せず、まずは話してみる。そして理解し、できたら意見を交換する。これも哲学の大事な営みのひとつです。

吉川:“おひとりさま”になった時、山本くんが言ったようなことができないと、いわゆる“老害”と呼ばれるような存在になりかねない。問われているものを感受し、自分の頭で考えて答えをだしていかないと、周りが嫌になるか、自身のことが嫌になってしまうと思います。そういう意味では、哲学的な見方を知るにはうってつけの作品だと思いますね。

山本:ちょっと大まかな話ではありますが、日本では、しばしば中高年の男性が社会的に孤立する傾向にあると指摘されていますね。例えば、長年勤めた企業を退職するような場合、参加する人づきあいの場も変化します。そうした場面でどうやって新しいコミュニティーに参加したり、新たな人間関係をつくったりできるか。もちろん独り自足して楽しく生きられるならそれもOKなんだけど、それだけでは済まないような場合、どんなふうに他の人びとと交わるか。そういう意味でも、この映画に描かれるナタリーの生き方にはヒントがたくさんありそうですね。

(取材・文=泉夏音)

■公開情報
『未来よ こんにちは』
公開中
監督・脚本:ミア・ハンセン=ラヴ
出演:イザベル・ユペール、アンドレ・マルコン、ロマン・コリンカ、エディット・スコブ
協力:フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本、ユニフランス
配給:クレストインターナショナル
原題:L'AVENIR/英題:Things to come
2016年/フランス・ドイツ/102分/カラー/1:1.85/5.1/
(c)2016 CG Cinema · Arte France Cinema · DetailFilm · Rhone-Alpes Cinema
公式サイト:crest-inter.co.jp/mirai/

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