『嘘の戦争』のキャスティングは完璧だーー草なぎ剛×大杉漣×山本美月、ぶつかり合う演技の凄み
「キャスティングが終わったとき、演出は70パーセントが終わっている」、名匠・市川崑監督が遺した言葉だが、ドラマ『嘘の戦争』もこの言葉通り、出演者全員が適材適所のハマり役と言える輝きを見せている。その中心を担っているのが、主人公・一ノ瀬浩一(本名・千葉陽一)を演じる草なぎ剛だ。これまで数多くのドラマ・映画に出演してきた草なぎだが、本作の一ノ瀬浩一役は草なぎ史上“最恐”ともいえる演技を披露していると言えるだろう。思わず視聴者が「草なぎ剛」であることを忘れてしまうほどの怒りと悲しみ。観ているのが辛いと思えるほどに、回を重ねるごとにその凄みを増している。
わずか9歳にして、両親と弟を殺され、警察から「父親による無理心中である」という“嘘”をつかされた浩一。第8話では、自らの過去を責めるように「たったの9歳で人を騙したからね。人を騙すのが向いているんだよ……」という自虐的な台詞があった。彼が30年もの間、どれだけの苦悩と悔恨を持ち続けていたのか、事件の黒幕である二科家にどれほどの恨みを抱いてきたのか。ある意味、悪魔的な行動を続ける浩一の姿に共感がしづらくなっている部分もあったが、このシーンにおける浩一の姿を観てしまうと、復讐もやむ無し……と思ってしまったのは筆者だけではないはずだ。
一方で、浩一に騙されていたことを知った二科楓の姿には辛いものがあった。山本美月が演じる楓は、本作において、数少ない“嘘のない”キャラクター。浩一からの告白を受け、幸せに包まれている姿を観ているからこそ、絶望に叩き落された表情に涙してしまった視聴者も少なくないだろう。「楓が真相を知ること無く、浩一と幸せに結ばれる」そんな展開は夢物語だとは思っていたが、自分への愛が嘘だったと知るだけではなく、自身の家族が尊い生命を奪い、しかも隠蔽していたという事実、このダブルパンチは容赦がなさすぎた。第6話でも山本美月の演技に魅了されたが、ここまでの哀しみを表現できることに、ただただ驚いてしまった。
山本は「私はドライから本番にかけて芝居のピークを持っていくというのが苦手なんですけど、草なぎさんは本番に気持ちを乗せて行くのが上手な方。草なぎさんを見るとハッとさせられますし、本番はこの人に任せて大丈夫なんだなと思い、思いっきりぶつかっていっています」と語っている(引用:『嘘の戦争』公式サイト)。一ノ瀬浩一、二科晃(安田顕)、二科隆(藤木直人)、二科楓が浩一の事務所で一堂に会した第8話最重要シーンは、草なぎを中心としたプロフェッショナルなスタッフたちの力が生み出した化学反応と言えるだろう。
上記で名前を挙げた二科三兄弟妹以外も、敵役・二科興三を演じる市村正親をはじめ、水原希子、菊池風磨、マギー、神保悟志とそれぞれがベストアクトとも言える演技を披露する中、第8話で触れないわけにはいかないのが三瓶守を演じる大杉漣だ。浩一が過ごした児童養護施設・宮森わかばの家の経営者である三瓶は、浩一にとっての唯一の心の拠り所・善の象徴としてこれまで描かれてきた。第8話でも、わかばの家での誕生日パーティーに参加した浩一が、幼い頃を思い出し優しい笑顔を見せるシーンがあった。わかばの家と三瓶の存在は、浩一にとって“千葉陽一”に戻ることができるかけがえのないものだったのだ。