菅野美穂 VS 松嶋菜々子、対立の果てに見つけた母親像ーー『砂の塔』最終回に寄せて
ママ友いじめから始まり、謎の美女・弓子(松嶋菜々子)による亜紀(菅野美穂)への執拗な攻撃、亜紀が息子として幼い頃から育ててきた夫の連れ子・和樹(佐野勇斗)を産んだ母親が実は弓子だったということが発覚した後の、和樹を巡る生みの親と育ての親間のバトル、そして連続誘拐事件の謎と、回を追うごとに予想を裏切る展開を繰り出してきた『砂の塔~知りすぎた隣人~』が、ついに最終回を迎えようとしている。
総じて感じたことは、「母親」とはなにかということである。そして、本作は、「完璧」でいられない、それでも一心に子どもたちを愛する母親たちの物語なのである。
弓子は、「私なら、完璧な母親ができるのに」と言った。一方、母親に捨てられた経験を持つ亜紀は「私、正しいお母さんが分からないんです」と言う。
横山めぐみを中心にしたママ友たちにネチネチといじめられ、松嶋菜々子に徹底的に叩きのめされる菅野美穂は、正直見ていてつらいものがあった。どこまでも理解がない夫(田中直樹)との口喧嘩が絶えず、家事とママ友同士の付き合いで精一杯で子どもにも当たってしまう。そのうえ、不審者警戒情報が流れているのにも関わらず、子どもを置いて幼なじみの生方(岩田剛典)のもとへ走ったりもする。
菅野の持ち前の明るさや、朝の連続テレビ小説『べっぴんさん』のナレーションで魅せる「天国から見守る温かく優しい母親」のイメージとは全く違う、悩んだり焦ったり反省したり、とにかく必死な母親像は、氷のような微笑を湛え何もかもを完璧にこなす松嶋菜々子と対照的で、勝ち目がなさそうに見えた。
弓子は次第に、和樹に芽生えた亜紀への不信感を利用して和樹を取り込んでいく。第9話で、弓子は和樹に本当の母親について知ることの交換条件として亜紀と二度と会わないことを誓わせようとする。それによって、弓子は和樹に、生みの母親である弓子と育ての母親である亜紀を天秤にかけさせるのだが、この弓子と亜紀の息子を巡る戦いは、完璧ではない亜紀が、全てを「受け入れる」ことによって完璧な弓子に勝利した戦いだったと言える。和樹は弓子と共に出て行こうとするが、最終的に亜紀のもとに戻ってくる。
亜紀は、2人の「子どもを捨てた母親」の心情を同じ母親として理解する。1人はストーカーに襲われ、子どもを守りたい一心で殺人を犯し、子どもが殺人者の息子という汚名を着せられることを危惧し、離婚という形で子どもを手放すしかなかった母親・弓子。もう1人は多額の借金を背負い、子どもを巻き込みたくないがために「男と逃げた」と嘘をついて子ども・亜紀の前から突然姿を消した母親・久美子(鳥丸せつこ)だ。さらに、夫が逮捕されたことでママ友たちから疎外され孤立したママ友のリーダー格・寛子(横山めぐみ)をも、これまで何度もいやがらせを受けたのにも関わらず、彼女はそれを許し、責めることをしない。
亜紀は、突然聖人君子のように全てを受け入れたというわけではない。弓子の隠されていた過去と和樹に対する愛を知り、激しく責められ、彼女らしく悩み葛藤しながらも、和樹が望むなら弓子のもとへ和樹を行かせてもいいという決断をする。亜紀が、弓子のもとへ行く和樹を明るく送った後に堪えきれずに涙するシーンは、涙なしに見ていられなかった。
最後に、「誰にでも欠点はある。子どもの前で胸を張っていられる母親でいたい」と言って寛子をかばった亜紀は、自分が嫌われて子どもがいじめられるのを恐れてジタバタしていたこれまでの彼女とは違っていた。彼女は、自分の息子を捨てた母親と自分を捨てた母親、そして自分をいじめた母親を受け入れることで、完璧でない、決して「正しいお母さん」とは言えない自分自身をも受け入れることができたのではないだろうか。
前半のミステリアスで静かな雰囲気に加え、激しい感情を爆発させる松嶋菜々子の鬼気迫る演技に圧倒されがちだが、明るく一生懸命で時に失敗する、どこにでもいそうな母親の成長を、固唾を呑んで見守ってしまったのは、菅野美穂の天性の魅力と、説得力のある演技ゆえである。
最終回は、いよいよ亜紀たちが暮らすタワーマンション近郊で起こる連続誘拐事件、通称・ハーメルン事件の真相が明らかになる。犯人は一体誰なのか。常に予想を裏切る展開の連続だった『砂の塔』は、さらに驚愕の展開を迎えるのだろうか。
久美子の「毎日愛情をこめて手入れして、綻びがあったら繕って、やっとなんとか家族でいられる」という言葉が心に残る。家族は自然に家族でいられるわけではない。亜紀が和樹とそらと夫・健一と家族でいるために必死で築いてきた我が家。弓子の揺さぶりで崩れ落ちそうになったその場所に今度はなにが降りかかってくるのか。