トム・クルーズは移ろいの時を迎えている 新作『ジャック・リーチャー』に見る人生の重み

トム・クルーズのキャリアを読み解く

トムの育った家庭環境から見えてくるもの

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 本作の中で3者はそれぞれに確固たる個性を発揮し、行動を共にする中でまるで擬似家族のような関係性を表出させる瞬間がある。そしてこの“家族”という言葉を持ち出すとき、筆者の頭の中に真っ先に浮かんだのが、トム自身の育った家庭環境をめぐるエピソードだった。

 一家は父親の仕事の関係で幼い頃から一箇所に定住することなく、引越しに次ぐ引越しを強いられてきたという。新たな場所に行き着くたびに人間関係をゼロから築き直さなければならなかったトム少年。そして彼が12歳の時、決定的な転機が訪れ、両親は離婚してしまう。

 父に去られた悲しみ、その後に困窮を極めた家庭生活はトムの人間性に大きな影響を及ぼすものであったとよく指摘される。名物番組「アクターズ・スタジオ・インタビュー」で明かされたエピソードによると、クリスマスのプレゼントが買えず、家族で詩を贈りあったとか。それから10年後、トムとその家族は実父が癌に侵され余命いくばくもないと知らされ、「過去のことは何も尋ねない」という条件つきで病室にて再会を果たしたという。

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 また、書籍『誰も書かなかったトム・クルーズ』(ウェンズリー・クラークソン著、矢崎由紀子訳/集英社刊)によると、興味深いことにこの空白の10年間、父親は場所を転々としてアメリカ西部一帯で放浪生活を送っていたそうだ(リーチャーのように悪を挫いていたわけではなかろうが)。

 享年49歳というから、トムはちょうど『アウトロー』の製作時期に父の年齢を超えた計算となる。そして今や54歳となったトム・クルーズが『NEVER GO BACK』の中でも変わらず歯ブラシに年金手帳のみを身につけ、映画の中でさすらいの放浪生活を送り、いま少女と相対する姿に、何やら彼の人生から染み出してくる深いものを感じるのは私だけだろうか。

 本作はあくまで純然たるエンタテインメントである。ここに書いている事柄はあくまで憶測の域を出ないし、うがった見方だと言われるかもしれないが、筆者にはラストシーンに立つ二人が、まるで失った歳月を取り戻そうとするトム少年と父親のように思えてならなかった。もしもリーチャー役を演じるトムの中に、父を追想する想い、あるいは子を想う親の気持ちといったものが相まって100万分の1でも抽出されているのだとしたら、本作は「人間トム・クルーズ」を紐解く上でも重要な意味を持った作品となるはずだ。

■牛津厚信
映画ライター。明治大学政治経済学部を卒業後、某映画放送専門局の勤務を経てフリーランスに転身。現在、「映画.com」、「EYESCREAM」、「パーフェクトムービーガイド」など、さまざまな媒体で映画レビュー執筆やインタビュー記事を手掛ける。また、劇場用パンフレットへの寄稿も行っている。Twitter

■公開情報
『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK』
全国公開中
出演:トム・クルーズ、コビー・スマルダース、ダニカ・ヤロシュ、ロバート・ネッパーほか
監督:エドワード・ズウィック
脚本:エドワード・ズウィック、マーシャル・ハースコヴィッツ
製作:クリストファー・マッカリー、トム・クルーズ、ドン・グレンジャー
原作:リー・チャイルド「Never Go Back」(2013年、シリーズ18作目)
配給:東和ピクチャーズ
(c)2015 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト:jackreacher.jp

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