もっとも少女たちに近い監督、山戸結希が『溺れるナイフ』で見せた進化 

 そして『おとぎ話みたい』の岡部尚のような、都会に出るためのステップにも足かせにもなる異性の存在が、本作での菅田将暉ということだろう。この荒々しくも神々しい菅田将暉は、これまでの山戸映画に登場してきたどの男性とも違う不可思議な魅力を持つ。対照的に、ジャニーズWESTの重岡大毅が演じる飄々とした男の愚直さは、相変わらずなステレオタイプの中に置かれているが、実に愛すべきキャラクターだ。

 山戸結希の進化は、人物の描き方だけではない。序盤の教室での各登場人物の表情を映し出した細かいカット割りと、それ以降点在する長回しのコントラスト。祭りに向かう場面で、突然主人公たちの横に停まっているバス。これから先の行動に悩む主人公と主人公に想いを寄せる男子の正面で、黙々とボールを飛ばし続けるピッチングマシーン。言葉と人物の行動でキャラクターと作家の自我を強く物語ってきた彼女の才能に、無機物がもたらす映像で物語る手法が味方についたことも見逃せない。

 また、原作にも登場した、椿の花をくわえて蜜を吸う場面には触れておきたい。全編に登場する海の青さや、火祭りの松明と同様に、この作品にビビッドな色をもたらしたこの場面はあまりにも美しい。椿をくわえたまま振り返る小松菜奈の姿は、クラウディア・リョサの『悲しみのミルク』を想起させるが、そういえば『おとぎ話みたい』で社会科準備室のロッカーに同作のチラシが貼られていたのは、本作への伏線だったのだろうか。

■久保田和馬
映画ライター。1989年生まれ。現在、監督業準備中。好きな映画監督は、アラン・レネ、アンドレ・カイヤット、ジャン=ガブリエル・アルビコッコ、ルイス・ブニュエル、ロベール・ブレッソンなど。Twitter

■公開情報
『溺れるナイフ』
11月5日(土)TOHOシネマズ渋谷ほか全国ロードショー
出演:小松菜奈、菅田将暉、重岡大毅(ジャニーズWEST)、上白石萌音、志磨遼平(ドレスコーズ)
原作:ジョージ朝倉「溺れるナイフ」(講談社「別フレKC」刊)
監督 山戸結希
脚本:井土紀州、山戸結希
音楽:坂本秀一
主題歌:「コミック・ジェネレイション」ドレスコーズ(キングレコード)
製作:「溺れるナイフ」製作委員会(ギャガ/カルチュア・エンタテインメント)
助成:文化芸術振興費補助金
企画協力・制作プロダクション:松竹撮影所
制作プロダクション:アークエンタテインメント
企画・製作幹事・配給:ギャガ
(c)ジョージ朝倉/講談社 (c)2016「溺れるナイフ」製作委員会
公式サイト:gaga.ne.jp/oboreruknife/

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