門間雄介の「日本映画を更新する人たち」 第6回(前編)
山下敦弘と李相日の“奇妙な一致”ーー両監督の15年から探る、日本映画の分岐点(前編)
考えてみれば、ふたりがデビューした2001年は、それまでの日本映画とそれからの日本映画を大きく分かつ分岐点だったと言える。この年を中心とした数年のうちに、古いなにかが幕を閉じ、新しいなにかが始まりを告げたからだ。その変化を象徴するできごとは、まず前年の2000年に起きた。徳間書店の創始者として、大映の社長として、日本映画の製作を意欲的に手掛けてきた徳間康快の死だ。1988年『敦煌』では鄧小平と交渉して人民解放軍をエキストラに使い、1997年『阿片戦争』ではヴィクトリア女王役にダイアナ妃をキャスティングしようとした徳間は、政財界にも顔の利く大立て者として知られた。彼は映画製作を含めたソフト産業全般についてこんなふうに語っている。
「博奕打ちですね。それが根本です。(中略)当たるか当たらないか、そんなこと神様じゃなきゃわからないですよ」
例えば『敦煌』の製作に45億円を投じるなど、彼の手法は大胆にして豪快。惚れ込んだ才能には先行投資を惜しまず、そういった取り組みのなかから『Shall we ダンス?』や“平成ガメラ”シリーズのような、いまも語り継がれる名作が生みだされた。1985年にスタジオジブリの設立を援助し、ジブリ作品を製作面で支え続けたことは、その最たる功績だろう。でも1990年代以降、製作を博打ととらえる考え方は映画界から次第に排除されていった。映画作りがハイリスク・ハイリターンであることはいまも昔も変わらない。だからこそ、そのリスクを分散するために編みだされた手法が、製作を複数の会社で分担する製作委員会方式だ。映画製作をギャンブルからビジネスへ。ごく当たり前のように思える発想だが、「最後の映画博徒」と称された徳間の死は、そのシフトチェンジを加速するような事件だった(ちなみに徳間を「最後の映画博徒」と呼んだシネカノンの李鳳宇については中編で言及する)。
そして01年、徳間亡きあとの大映、あるいは徳間書店が製作したふたつの作品が公開される。黒沢清監督作『回路』と宮崎駿監督作『千と千尋の神隠し』だ。さかのぼること数年前、1997年を皮切りに日本映画は海外映画祭で数々の賞を受けるようになり、黒澤明や小津安二郎、溝口健二らが世界的に注視された1950年代以来のルネッサンスが叫ばれた。今村昌平監督作『うなぎ』がカンヌ国際映画祭パルム・ドール、河瀬直美監督作『萌の朱雀』がカンヌ映画祭カメラ・ドール、北野武監督作『HANA-BI』がヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受賞したのはいずれも97年。
「日本映画を観ないのは日本人だけだ」
雑誌『BRUTUS』にこんな煽情的なコピーが踊ったのも97年のことだ。1998年には『萌の朱雀』のプロデューサーだったWOWOWの仙頭武則が、日本映画の国際的な基盤作りを目指してサンセントシネマワークスを設立し、1999年には諏訪敦彦監督作『M/OTHER』を、2000年には青山真治監督作『EUREKA』を、続けてカンヌ映画祭国際批評家連盟賞に輝かせた。日本映画を再発見するそういった世界的なムーブメントの渦中で、『回路』はカンヌ映画祭国際批評家連盟賞を受賞し、『千と千尋の神隠し』はベルリン国際映画祭金熊賞、そしてアカデミー賞長編アニメ賞獲得という快挙を達成する。ところがそういった評価と興行成績は必ずしも一致するものではなかった。周知の通り、『千と千尋の神隠し』は304億円という国内歴代一位の興行収入を記録している。でも『回路』は、のちにハリウッドでリメイクされるなど高い評価を受けながら、国内において芳しい興行成績を残すことができなかった。いずれも配給を手掛けたのは東宝だが、ジブリ作品がその後も東宝で配給されつづけた一方、世界三大映画祭で主要な賞を受賞するような作家主義の実写作品は、その後東宝の配給作からは誕生していない。
東宝は2003年にヴァージン・シネマズを買収し、TOHOシネマズを設立して、かねて“興行の東宝”と呼ばれていた通り、シネコン全盛の時代に新たな興行の基盤を確立する。一方、徳間が残した大映は角川書店に吸収され、2002年に角川大映となり、仙頭のサンセントシネマワークスも5人の気鋭監督が製作費1億円で5本の映画を作る「J-WORKS」というプロジェクトを始動しながら、02年に活動を休止した。日本映画の趨勢がゆるやかに“製作”から“興行”へ重心を移し、時代を築いたプロデューサーたちが表舞台から退場していくなか、01年にひとりのキープレイヤーが東宝に入社する。のちに『悪人』『怒り』を製作するプロデューサーの川村元気だ。
山下と李のふたりはそんな変革期に監督デビューを果たした。
「まあ、いっか。生きてりゃいっか」
「関係ねえよ。俺は俺だ」
『どんてん生活』の最後に、そして『青 chong』の最後に、それぞれの主人公が口にするセリフは、ふたりの監督の時代に対するスタンスを明確に表しているようで面白い。(中編に続く)
※引用
『オーバー・フェンス』プレス
『怒り』プレス
『メディアの怪人 徳間康快』
『BRUTUS』1997年10月15日号
■門間雄介
編集者/ライター。「BRUTUS」「CREA」「DIME」「ELLE」「Harper's BAZAAR」「POPEYE」などに執筆。
編集・構成を行った「伊坂幸太郎×山下敦弘 実験4号」「星野源 雑談集1」「二階堂ふみ アダルト 上」が発売中。
■公開情報
『オーバー・フェンス』
9月17日(土)、テアトル新宿ほか全国ロードショー
監督:山下敦弘
脚本:高田亮
原作:佐藤泰志「オーバー・フェンス」(小学館刊『黄金の服』所収)
出演:オダギリジョー、蒼井優、松田翔太、北村有起哉、満島真之介、松澤匠、鈴木常吉、優香
配給:東京テアトル+函館シネマアイリス(北海道地区)
(c)2016「オーバー・フェンス」製作委員会
公式サイト:overfence-movie.jp
『怒り』
9月17日(土)、全国東宝系にてロードショー
監督・脚本:李相日
原作:吉田修一「怒り」(中央公論新社刊)
出演:渡辺謙、森山未來、松山ケンイチ、綾野剛、広瀬すず、佐久本宝、ピエール瀧、三浦貴大、高畑充希、原日出子、池脇千鶴、宮崎あおい、妻夫木聡
配給:東宝
(c)2016映画「怒り」製作委員会
公式サイト:www.ikari-movie.com