『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が描く未来のほろ苦さーー森直人が“80年代SF映画”を振り返る

 ……とはいえ、倒錯した物言いになるのをお許しいただきたいが、『ブレードランナー』などに加え、『ロボコップ』(87年/監督:ポール・ヴァーホーヴェン)や『ゼイリブ』(88年/監督:ジョン・カーペンター)といった当時の傑出した“ひねくれ者”のタイトルを書き出していくと、いずれもハードな内容の映画にもかかわらず、やはり筆者の心は「ワクワクする幸福感」に包まれてくるのだ。う~ん、これは単なるノスタルジーってだけの話でもない。

 そこでもうひとつ、映像技術の問題を重ねてみたい。SF・ファンタジー映画にはVFX(視覚効果)という要素が切り離せないが、80年代はCGがハリウッドを席捲する前の時代――すなわち「特撮」の最後のディケイドでもあった。

 最初にCGを本格導入した長編劇映画としては『トロン』(82年/監督:スティーヴン・リズバーガー)や『スター・ファイター』(84年/監督:ニック・キャッスル)がよく知られているが、真にエポックと呼べるのはデジタル技術と実写の非常に洗練された融合を見せた『ターミネーター2』(91年/監督:ジェームズ・キャメロン)や、CGの恐竜群を本物のような生々しさで動かしてしまった『ジュラシック・パーク』(93年/監督:スティーヴン・スピルバーグ)あたりである。この二作を映画館で目の当たりにした時、東大阪在住のヒマな学生だった筆者はひどく驚嘆し、心の中でこう激しくシャウトしたものだ。「こりゃもう、なんでも映画に出来てまうがな!」(関西弁)。

 そう、CGとは、映像的な万能感を目指す技術である。実写をアニメーションのようにポストプロダクションで操作可能にした時、「特撮」では到達できなかったレベルの飛躍的な映像が実現される。しかし問題は、進化と同時に感覚の麻痺が起こることだ。確かに3Dで体感的な宇宙空間を創り出した『ゼロ・グラビティ』(13年/監督:アルフォンソ・キュアロン)は画期的な傑作だが、ここまで更新してしまうと、もう先がない。それでも現在の映画人たちは“あえてアナログに戻る”とか、進化と退化のバランスを探りながら映画の快楽を懸命に追究して、素晴らしい成果を挙げてはいるのだが……。

 翻ると、要するに「先がいっぱいある」と素直に信じることができたのが、80年代SF・ファンタジー映画の「ワクワクする幸福感」の源泉なのである。『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』の劇中には「カフェ80’s」という、マイケル・ジャクソンの「今夜はビート・イット」が流れる懐古趣味のお店が登場する。現在の我々は、この映画の中の2015年の住民がレトロな80年代カルチャーを楽しむように、「特撮」で撮られた明るくポジティヴな未来像を懐かしむ。

 これは極めてアイロニカルな構図だ。形だけ改造されたデロリアンに乗っても、決して当時には戻れない。筆者は80年代のSF・ファンタジー映画を観ると甘酸っぱい気分になるが、よく噛み締めるとそれは苦味に変わり、ビタースウィートな後味を舌で転がしながら、いまの世の中や映画をめぐる風景を見つめてしまうのである。

■森直人(もり・なおと)
映画評論家、ライター。1971年和歌山生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『21世紀/シネマX』『日本発 映画ゼロ世代』(フィルムアート社)『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「朝日新聞」「キネマ旬報」「TV Bros.」「週刊文春」「メンズノンノ」「映画秘宝」などで定期的に執筆中。

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■ムック情報
『私たちが愛した80年代洋画』
辰巳出版
発売日:8月9日
価格:1,080円

<インタビュー>
☆大根仁
☆武田梨奈
☆松江哲明

<ジャンル別ガイド>
☆アクション・アドベンチャー
☆SF・ファンタジー
☆青春・ラブストーリー
☆コメディ
☆ホラー・サスペンス

<企画>
☆80年代を彩った名匠とスターたち
☆70年代を食い尽くし、本格的に再起動されはじめた80年代ハリウッド大作
☆少年たちを熱狂させた80年代洋画ファミコン
☆80年代「洋画雑誌」が伝えた文化
☆80年代の主な出来事と洋画界の流れ

<コラム>
☆香港アクション映画の輝ける名シーン
☆戦争映画が伝える普遍的なメッセージ
☆81年のMTV開局が音楽と映画を近づけた
☆親の目を盗んで観たあの頃の〝お色気〞映画
☆一瞬も目が離せない! クライムサスペンスの傑作

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