小野島大の『ランバート・アンド・スタンプ』評:ザ・フーの夢、名物マネージャーたちの夢
ザ・フーはそのキャリアの中で『トミー』『四重人格』『ザ・キッズ・アー・オールライト』と3本の映画を作っている。これは間違いなくランバート&スタンプが彼らに植え付けた映画の素養あってのことだろうが、そのいずれにもランバート&スタンプの名がないのはなんとも寂しい。結局彼らが思い描いたザ・フーのサクセス・ストーリーを描く映画は作られることなく(強いて言えば、『ザ・キッズ・アー・オールライト』がそれに近いが)キット・ランバートは81年に、そしてクリス・スタンプもこの『ランバート・アンド・スタンプ』の完成を待たずに2012年にこの世を去る。78年のキース・ムーンの急死に続くかっての盟友キッド・ランパートの死に、「何をすればいいのかわからなくなった。これでバンドは<古き良き時代>に逆戻りだ」とピートは直感したという。キースの後釜のドラムにケニー・ジョーンズを迎え細々と活動を続けていたザ・フーが解散するのは、ランバートの死の3年後のことである。
映画の最後には、2008年にケネディ・センター名誉賞を受賞したザ・フーの2人(ロジャーとピート)と、クリス・スタンプが久しぶりに再会するシーンがある。すっかり白髪の老人になったスタンプを恩讐を超え優しく迎えるロジャーとピートの笑顔が印象的だ。スタンプによれば、ピートはその時こう言ったという。
「ザ・フーの伝えたかったことはちゃんと昔のファンに伝わっている。今の裕福なファンのために今さら曲を書く必要があるかい?」
ピートは自分のことを書くのではなく、君たち、つまりオーディエンスのことを書いた『トミー』で真に現代の最重要ソングライターとなり、生涯「若者」を描き続けた。
そしてキット・ランバートやクリス・スタンプには、そんなザ・フーの世界を作り上げるにあたって、単なるマネージャーとアーティストの関係を超えた絆があった。それはザ・フーの夢こそがランバート&スタンプの夢だったからだ。その夢は未だに続いているし、その過程こそが彼らが作りえなかった「ザ・フーの映画」そのものなのである。
なお本作鑑賞にあたっては、ザ・フーの秀逸なドキュメンタリーDVD『アメイジング・ジャーニー:ザ・ストーリー・オブ・ザ・フー』を併せてご覧になると、いっそう理解が深まると思われるのでぜひ。
■小野島大
音楽評論家。 時々DJ。『ミュージック・マガジン』『ロッキング・オン』『ロッキング・オン・ジャパン』『MUSICA』『ナタリー』『週刊SPA』などに執筆。著編書に『ロックがわかる超名盤100』(音楽之友社)、『NEWSWAVEと、その時代』(エイベックス)、『フィッシュマンズ全書』(小学館)『音楽配信はどこに向かう?』(インプレス)など。facebook/Twitter
■公開情報
『ランバート・アンド・スタンプ』
5月21日(土) 新宿K's cinema 全国順次公開
監督・撮影:ジェームス・D・クーパー
出演:キット・ランバート、クリス・スタンプ、ピート・タウンゼント、ロジャー・ダルトリー、キース・ムーン、ジョン・エントウィッスル、テレンス・スタンプ(特別出演)
提供:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
配給・宣伝:CURIOUSCOPE
アメリカ/2015/120分/英語/モノクロ・カラー/ドキュメンタリー
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