『ホテルコパン』門馬直人監督インタビュー
市原隼人主演『ホテルコパン』が描く現実の多面性 門馬直人監督が語る群像劇の面白さとは
市原隼人を主演に迎えた映画『ホテルコパン』が、本日2月13日より公開されている。同作は、かつてオリンピック開催に沸いた長野県の小さなホテル“ホテルコパン”を舞台に、それぞれ深刻な悩みを抱えた10人の男女が交差する様を描いた群像劇だ。監督を務めたのは、これまで数々の映画やドラマでプロデューサーを務めてきた門馬直人氏。2012年からは短編映画を手がけてきた監督にとって、同作は初の長編となる。ひとつの場所に様々な人間が集まって物語を展開する“グランドホテル方式”を用いた本作には、どんな工夫が凝らされているのか。監督本人に話を聞いた。
「二項対立ではないところに群像劇の面白さがある」
ーー本作『ホテルコパン』は、いわゆるグランドホテル方式の群像劇です。古くは『七人の侍』、最近では『THE 有頂天ホテル』など数々の名作も生まれている手法ですが、なぜこうした作品にしようと思ったのでしょうか?
門馬:大学生くらいの頃に、クエンティン・タランティーノ監督の『パルプ・フィクション』やガイ・リッチー監督の『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』などを観て衝撃を受けて、群像劇の面白さに気づいたんです。ひとりの主人公が突っ走る話も面白いけれど、群像劇もすごいぞって。それで、もし自分がいつか監督をやるとしたら、群像劇を撮ろうと思い続けていました。今回、初めて長編映画の監督を務めさせていただいて、念願かなったという感じです。
ーー監督はこれまで、多くの映画やドラマでプロデューサーとしてキャリアを築いてきました。改めて、プロデューサー業と監督業にはどんな違いがあると感じましたか?
門馬:企画を立てて作品を作るという意味では、外から見ると違いが見えにくいと思いますが、大きく違うのはプロデューサーはお金の流れも含めて大きな座組みを作らなければいけない、というところだと思います。一方で監督はその中身に注力するという感じなので、業務量だけを見ると監督の方が少ないのかなと、務めてみて実感しました。スタッフもみんな、自分の好きなことに対して協力的ですしね。ただ、監督の方が作品に対して負う責任が大きいのは事実なので、大変なのは公開されてからなのかもしれません(笑)。
ーー役者それぞれの個性が活きていて、まさに群像劇の面白さを追求した作品だと思いました。監督が考える群像劇の魅力を教えてください。
門馬:すごく簡単に言うと、主役と悪役の二項対立ではないところだと思います。主役に人生があるように、悪役にも人生があって、さらにいえばそこに存在するすべての登場人物に人生があるわけで、それが交差することによって世の中というのは動いていると思うんです。それで、様々な視点からそれぞれの人生を見ることによって、人生の縮図といったら大げさかもしれませんが、少なくともその場の本当の力学のようなものが見える。全員が、その場でなにかを考えているわけで、その空間と時間を多面的に切り取るというのも、映画ならではの表現のひとつで魅力的だと感じています。
ーーたしかに登場する人物ひとりひとりが、簡単に善悪では語れない宿痾を抱えているのが印象的でした。新興宗教の教祖役である栗原英雄さんが、怪しさ全開でありながら親しみやすい人柄とともに描かれていたり。
門馬:脚本の一雫ライオンさんが台本で彼について書いてきたとき、はじめは「いま教祖を描くのって、本当に必要かな」とも思ったんですが、彼の活動をごく普通の仕事のひとつとして描くことで、新しい視点を提供できると考えました。信仰云々以前に、教団の運営で四苦八苦するところなどは、良い悪いは別にして、多くのひとが共感できるところなんじゃないかと思います。また、彼には物語を展開させるために必要な“スイッチ”としての役割も与えています。
ーー『スウィングガールズ』では不良少女役として存在感を発揮していた水田芙美子さんも、すごく変わった役柄ですよね。
門馬:彼女にとってはじめてのヌードシーンもあったのですが、とにかくあっけらかんとしていたのが印象的でした。役柄については観てのお楽しみにしてほしいところですが、現場では本当にサバサバしていて、すごくやりやすかったですね。劇中では迫真の演技を披露してくれています。
ーーとてもギャップがありますよね。若いカップルを演じている前田公輝さんと大沢ひかるさんは?
門馬:前田公輝さんは、たとえば『デスノート』に出演しても明るくてチャラかったり、どこか頼りない雰囲気を醸し出すのがすごく上手くて、一方で腹の底ではなにを考えているのかわからない怖さも持っている俳優です。彼の役柄も非常にバランスが難しいところですが、期待以上に上手く演じてくれました。彼は今回の役どころを深いところで理解してくれたのだと思います。その彼女役は自己評価がものすごく低くて、常にひとに媚びてばかりいるようなタイプだったんですけれど、大沢ひかるさんも上手に演じてくれました。彼女は本来、もっと真面目で頑張り屋さんなタイプで、役柄よりずっとしっかりしているのですが、今回はいい意味で卑屈な演技も織り交ぜて「たしかにこういうイタい子、いるなぁ」と思わせる、ギリギリのリアリティを表現してくれました。
ーー従業員役の玄理さんは、ほかの役者に比べてどこか達観した印象です。
門馬:今回、彼女は特別な役どころで、全体を常に冷静に見ているタイプです。言ってみれば狂言回しに近いところがあります。彼女自身ももちろん、登場人物のひとりとしてハードな人生を背負ってはいるのですが、彼女の視点だけはほかの登場人物と大きく異なります。群像劇を整理するうえで、とても重要な役柄です。
ーー李麗仙さん演じるかつての名女優と、大谷幸広さん演じるその付き人も、前述したカップルなどと同じように対となったキャラクターですよね。
門馬:彼女たちはこの作品の中で“老い”を表現するために登場させました。教祖は“お金”、カップルは“恋愛”、そして彼らは“老い”と、それぞれ人が生きるうえで必ず直面する問題に向き合っています。李麗仙さんはさすがの名演で、かつての名声によって築いた高いプライドに自ら苦しむという役柄を、すごく自然に演じてくれました。最近、孤独死を迎えるご年配の方が多いと聞きますが、それはやっぱり我々にとっても他人事ではないと思うんですよ。そして彼女は、そういう可能性を孕んでいる。僕自身はちょうど40くらいで、まだ死は先だと思いつつも、親や親戚が亡くなりはじめてそれほど遠いものではないように感じ始めています。だからこそ、彼女を登場させたかったのかもしれません。一方で、大谷さん演じる付き人は善意の塊みたいな人なんだけど、かえってその善意によって人を傷つけるタイプ。本人の中では悪気がないからこそ、こういう人は難しいし、もしかしたら自分もそうなっているときもあるのかもしれない。客観的に見ると、そういうことって世の中にたくさんありますから。特に震災以降、SNSなどで良かれと思った発言が人を傷つけるところをたくさん目にしてきたので、それをうまく役に落とし込みたかったんです。