クレジットされないもうひとりの主人公ーー『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』が名作たる理由

『眺めのいい部屋売ります』が名作たる理由

いぶし銀の熟年ドラマ? いえいえ、大御所ふたりが最高に粋でお洒落な名作なんです!

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 モーガン・フリーマンとダイアン・キートン。そんないぶし銀の大御所ふたりが夫婦役を演じると聞けば、ちょっと身構えてしまう人もいるだろう。ああ、これは完全に熟年層をターゲットにした、落ち着いた感じの映画ってわけね、と。うん、確かにこのふたりを使って、どこか別の場所で物語が展開したなら、そうだったかも。だが、ここはニューヨーク。クレジットにはもちろん真っ先にモーガンとダイアンの名前が登場するが、むしろその先頭に、「ニューヨーク、ブルックリン」って入れたいくらいだ。それほど、この映画はロケーションがひとりの主演者として、匂いと光と、そして愛を刻んでいる。

 ニューヨークの空気をナチュラルに纏ったモーガンとダイアンは最強だ。最高にオシャレだし、交わす言葉も粋。彼らの共演は今回が初めてだというが、ダイアンとニューヨークといえば真っ先に思い出すウディ・アレンとのコンビネーションなど、いつの間にかすっかりと忘却のかなた。それほどこのいぶし銀のふたりは、スクリーンに顔をのぞかせた途端に、40年にわたって深められてきた(という設定の)夫婦愛を見事に観客の元へ届けるのだ。

 物語はモーガンのぼやきから始まる。愛犬を連れた朝の散歩を欠かさない彼は、40年間にわたって住み慣れたアパート最上階を売りに出そうとしている。これまで彼は画家として生計を立て、そして妻は学校教師として働き、ふたりで何とか暮らしてきた。住み慣れた環境。気の置けない住人たち。そして何よりも、アトリエから眺める息をのむほど美しい眺め。ダウンタウンからウィリアムバーグ橋を渡ってすぐのアパートメントからは、まさにキラキラ光るイーストリバーの川面や、遠くにそびえるマンハッタンを一望できるのだった。それは何も申し分ない環境のように思える。ただひとつ、物件にエレベーターがないことを除いては……。

街の呼吸や躍動感が、毎日の暮らしを紡いでいく

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 絶え間なく聞こえてくる車のクラクション、パトカーのサイレン、都会の喧騒が耳をくすぐる。それからふたりが奏でる会話の心地よさも抜群だ。リラックスしながら、ズケズケと意見を主張し、なおかつその表情に夫婦愛をたっぷりとにじませる。スクリーンに深い呼吸が生まれ、やがてそれがこの街全体の鼓動や躍動のようにも思えてくる。

 と、それだけじゃなく、同時進行でいろんなことが巻き起こるのもこの映画ならでは。ふたりが物件を売りに出そうと内覧会を開くと、そのタイミングに合わせるかのように愛犬が負傷し動物病院へ急行。交通の要所となる橋の上では、タンクローリーが横転し大渋滞が発生。街にテロリストが逃走しているという怪情報まで飛び込んでくる。そんな騒動の中、夫婦は自宅を売るだけでなく、新たに住む家も見つけなければならない。エレベーター付きの、老後生活を見据えた家を。

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 いつしか入札が始まるとそれはもう大変。相手は物件を競り落とそうとあの手この手で攻めてくるし、決まれば手付け金の支払いを早急に済ませなければならない。てんやわんや。でも物理的な状況に精神的な空間を作り出すのは、やはりこのふたり、モーガン・フリーマンとダイアン・キートンなのだ。どんなに周囲が慌ただしく動こうとも、そこにふたりだけの特殊な時間と空間が紡がれていく。その気品と優雅さ。これこそ俳優の魔法だ。よくモーガンを象徴する言葉として「GRAVITAS(厳粛さ)」が使われるが、今回はそこにひと際、軽妙さと愛らしさが加わった。

 さらに、モーガンがふと意識を巡らすと、40年前の記憶が蘇ってくる。ふたりが出会った瞬間のこと。治安はそんなに良くなかったが、愛と温もりだけは目一杯に詰まったこのアパートに越してきた時のこと。初めての個展のこと。親の反対を押し切った結婚。慎ましくも幸福感に満ちた若きふたりの姿を、若手の俳優が凛とした存在感で演じる。そこがまた凄くいい。

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