森田芳光監督への愛に溢れた『の・ようなもの のようなもの』 落語の世界の描き方から考察
昨今、ちょっとした落語ブームの再来を予感させている。例えば、立川談春のエッセイを二宮和也主演でドラマ化した『赤めだか』や、雲田はるこの漫画をテレビシリーズとしてもアニメ化した『昭和元禄落語心中』の放映。CDショップには落語コーナーが設けられ、東京に限って言えば(業界の是非はどうであれ)「渋谷らくご」のような落語イベントも盛況を見せている。
しかし『の・ようなもの のようなもの』を、その潮流のひとつと捉えることは、個人的に少々抵抗がある。それは『の・ようなもの』も『の・ようなもの のようなもの』も、落語の世界を描きながら、高座そのものや演目をさほど作品の中心に描いていないからだ。
落語の世界は、『しゃべれども しゃべれども』(07)や『落語娘』(08)などでも映画の中に描かれてきたし、落語の演目そのものも「粗忽長屋」を題材にした『月光ノ仮面』(11)や「居残り左平次」をモチーフのひとつにした『幕末太陽傳』(57)などで描かれてきた。ところが、落語は映画の題材にあまり向いていないのか、その数はあまり多くない。
例えば、映画の中で文学賞に輝くベストセラー作家を描くには、本が売れていることを示すための広告や書店のディスプレイを映画の中に描けばいいし、サイン会に人が集まる状況や、表彰式そのものを描くことでも成立する。しかし歌や絵画、そして落語は、観た人が映像の中で本当に「凄い!」と思わなければ成立しないという側面がある。役者が“凄い落語家”であることを体現するのが難しく、演じるハードルが高いとされるのは、実際のスキルが必要とされるためでもある。
ドラマ『ちりとてちん』が高座よりも人間ドラマを中心にしていたり、『タイガー&ドラゴン』のように高座と劇中劇が同時進行するというトリッキーな演出が不可欠となるのも、同様の理由からだと考えられる。また落語は、演目にある程度の尺を取らないと説得力が生まれないという点もある。およそ2時間という限られた尺の中で、演目をまるまる見せるということは、映画における映像表現とあまり相性が良くないのだ。森田芳光は、大学時代に落語研究会に所属していたことで知られているが、落語をよく知るからこそ、落語を題材にしながらも、高座や演目そのものを作品の中心に置かなかったのではないかと解せる。
『の・ようなもの』は、公開当時“落語映画”と評価される一方で、当時としては斬新なオフビート・コメディという評価も受けた作品だった。人間スケッチの連続によって作品全体を構成してゆく手法は、後の監督作『家族ゲーム』(83)や『そろばんずく』(86)等に繋がるものがあり、当時の社会を風刺しながら、人間讃歌“のようなもの”を描いていた。『の・ようなもの』や『家族ゲーム』は、どこか<世紀末>とも解釈できるような終幕を迎え、作品に対する様々な論議を生んだが、『の・ようなもの のようなもの』の終幕は、どちらかというと<希望>を前面に押し出そうとしているように見える。
僕の生まれ育った関西において、“ツッコミ”は“ボケ”に対する優しさであり、(勘違いされやすいが)けっして“怒り”の表現ではない。むしろ、みんなでツッコむことによって、その場を和ませる機能がある。同様に、僕は落語における“ツッコミ”にも、一度相手を受け入れて“和”を作る優しさがあると感じている。落語「居酒屋」における酔っぱらいの揚げ足取りも、“粋なツッコミ”と解釈すれば、周囲から少し変わっていると思われている人物を受け入れるための“和”のあり方が隠されているように思えてくる。
観客は『の・ようなもの のようなもの』が、森田芳光監督の作品でないことを判った上で観ている。その前提で『の・ようなもの』の続編であることを受け入れ、そこに集うキャスト・スタッフの想いも受け入れている。その構造が、落語における“和”を作る優しさに似ているからこそ、本作には人間讃歌としての優しさが漂っているのではないだろうか。
■松崎健夫
映画評論家。東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。『WOWOWぷらすと』(WOWOW)、『ZIP!』(日本テレビ)、『キキマス!』(ニッポン放送)などに出演中。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)ほか。Twitter
■公開情報
『の・ようなもの のようなもの』
新宿ピカデリーほか全国公開中
出演:松山ケンイチ、北川景子、伊藤克信、尾藤イサオ、でんでん、野村宏伸、鈴木亮平、ピエール瀧、佐々木蔵之介、塚地武雅、宮川一朗太、鈴木京香、仲村トオル、笹野高史、内海桂子、三田佳子
原案:森田芳光
監督:杉山泰一
脚本:堀口正樹
配給:松竹
95分/ビスタ/2016年/日本
(c)2016「の・ようなもの のようなもの」製作委員会
公式サイト:no-younamono.jp