高根順次「映画業界のキーマン直撃!!」Part.01
“極上音響上映”仕掛け人が語る、これからの映画館のあり方「ほかの視聴環境では味わえない体験を」
「良い映画館を作ることも、映画にとっては大切なこと」
ーー昨今の映画館を取り巻く状況については、まだ改善の余地がありそうですね。遠山さんは、そもそもなにをきっかけに映画館の魅力に目覚めたのでしょう?
遠山:7歳か8歳のときに初めて映画館で観た『E.T.』(1982年)がきっかけですね。僕が生まれた町には映画館がなかったんですけれど、ものすごいヒットしていて母親に連れられて隣町まで観に行ったんです。立ち見もOKだった頃なので、館内は超満員でした。人が通路にまで溢れていて、扉も開けっ放し、サイドの通路からなんとかスクリーンを観ようとしても、周囲に大人がたくさんいて、全然観ることができないんです。そうしたら、知らないおじさんが「この隙間から入れ」って、押し込んでくれて。大人たちの足の隙間を縫って、やっと抜けたと思った瞬間、スクリーンが目の前にパッと広がって、ちょうど大きなシャンデリアのような宇宙船が飛び立つシーンだったんです。「うわー!」って衝撃を受けて、単に映像を観たという感じではなく、その空間に"居た"という立体的な思い出として残っています。それはもう、すごいインパクトでした。
ーーそこから映画少年として育つ感じですか。
遠山:いえ、そこでたしかに映画にはハマるのですけれど、町には映画館がなく、そう簡単に観れるものではなかったので、代わりに本ばかり読む少年に育ちました。本なら、田舎でも都会と同じように触れることができます。絵本から始まって、中学生ぐらいからは純文学を読み始めて、トーマス・マンとかヘルマン・ヘッセとかのドイツ文学に傾倒して、なぜか中国古典にもハマって老子や孔子を読んだり。もちろん友達はいなかったです(笑)。映画を本格的に見始めたのは大学生になってからです。
ーー立川シネマシティに入社したきっかけは?
遠山:大学時代からアルバイトをしていたんですよ。立川シネマシティは94年にオープンなんですが、僕は97年の夏から働き始めました。当時夏前に『スター・ウォーズ 特別篇』をやっていて、ジョージ・ルーカスによる劇場音響規格を満たした「THX劇場」は、都内には立川シネマシティしかなかったんです。それで、当時一緒にバンドをやっていたメンバーと観に行ったのが初めてで、その後メンバーのひとりの女の子がすぐにバイトを始めて、「ここは6つも劇場があって、上映している作品は全部タダで観れるんだよ」と教えてくれて、世の中にはそんなおいしいバイトがあるのか、と応募しました。初出勤日は忘れもしない『もののけ姫』の公開初日でした。
ーー映画ファンにとっては夢のような環境ですね。
遠山:まあ観まくりましたよね。ただ、僕は将来的には映画を作りたかったので、就職するつもりはなかったんです。ですが大学卒業するタイミングで、新しくシネマ・ツーを作るという話が出てきて、「ちょっと待てよ、映画を作るのもいいけれど、映画館を作るのに携われる人間なんて何人もいないぞ」と思って、猛烈に手伝い始めました(笑)。映画ファンとしては、映画館を、しかもチェーンではない独自の映画館を作れるなんて一生に一度あるかないかのチャンスじゃないですか。それで就職もせず、夢中になって手伝っていて、そのまま「社員にならないか」って誘っていただいたんです。
ーーでも、映画作りと劇場作るのでは全然違いますよね、方向性が。
遠山:よく言われましたよ、「お前は映画を作りたいんじゃないのか?」って。でも、僕にとってはどちらも同じようにクリエイティブなことですし、映画の魅力ってそもそも、あらゆる要素が入っているところだと思うんです。脚本を書いたり、役者になったりするのもそうだけれど、良い映画館を作ることも映画にとっては大切なことですよね。だから、様々な上映企画やポスター・チラシのデザイン、スタッフの配置をこうしようとか、コンセッション(売店)でちゃんと美味しいコーヒーが飲めるようにしようとか、チケットシステムや会員制度について考えることも、映画のシナリオを書くことと僕にとっては大差ないんです。むしろ、シナリオを書くときの方法論ですべてを考えています。
ーー立川シネマシティに入社してからはどんな仕事を?
遠山:もちろん、最初はアルバイトですから売店をやったり、チケットをモギったりしていたんですが、先述のシネマ・ツーのオープンの準備に入ってからは、まずはコンセッションをどう作るか考えるために、シネマ・ワンの1階に実験店舗的に作ったカフェで働きました。映画を観るときに、冷凍商品をレンジでチンしただけじゃない、ちゃんとしたものを出したいし、美味しいコーヒーや紅茶が出てくるようにしたいと思って、いろいろと工夫をしていました。そこでの経験で、まずは特殊な映画業界からではなく、一般的なビジネスの感覚を養えたのは、自分にとってプラスだったと思います。
シネマ・ツーがオープンした2004年くらいからは、ちょうど映画館全体のチケット販売のシステムが変わり始めた頃で、自由席ではなく座席指定が一般的になってきて、僕はわりとコンピュータに強かったということもあり、そのシステム開発の担当もすることになりました。それから、小規模作品の選定も任せてもらえるようになって。シネコンというとまだその頃は大体は郊外にあって、単館系作品は商売が成立しにくかったんですけれど、立川はそれなりの都市ということもあって、いわゆるミニシアター作品を積極的に上映しました。最初の仕事は、僕の心の師匠、ウッディ・アレン監督の『マッチポイント』(2005年)で、それからは敬愛するデヴィット・リンチ監督の『インランド・エンパイア』(2006年)とか、塚本晋也監督の『鉄男 THE BULLET MAN』(2010年)とか、趣味丸出しのチョイスをしてました。現在はシステムから、いろいろな企画、チラシやポスターデザインからテキスト書き、時にはDJまで(笑)、何でも屋という感じです。零細企業なんでそもそも人がいないんですよ。
ーーシネコンというと、マスをターゲットとして、数字だけで上映作品を判断するようなイメージもありますけれど、立川シネマシティは比較的、自由度が高い会社なんですね。
遠山:たしかに、わりと自由にやらせてくれる会社ではあります。ただ、基本的に僕は大体、自分の企画をヒットさせてますから(笑)。奔放に見えるかもしれませんが、実は負ける喧嘩はしないタイプなんですよ。バイトから入ってきて他での社会経験がないからこそ、きちんと小さくても成功を積み上げていく必要があると思っていて、かなり慎重です。高根さんがプロデュースした『フラッシュバックメモリーズ3D』の上映も、実は最初は二の足を踏んでいたんですよ。「ディジュリドゥなんて知らないよ誰も」なんて。でもその後、新宿で大ヒットしているというニュースを聞いて、これはやるしかない、極上音響上映決定だと。
ーー(笑)でも、1回くらいは負けたこともあるんじゃないですか?
遠山:もちろん時々は「負け戦こそ、戦の花よ」と攻めた企画もやります。例えば先述の塚本晋也監督の『鉄男 THE BULLET MAN』の上映は、大きな結果が出ないのはわかっていました。でも、塚本監督の大ファンでしたし、この作品を塚本監督立ち会いのもと音響調整して上映すれば、長い間ファンの間で語り草になると思って「いつか必ずプラスになって帰ってくるので」って、社長に頼み込みました。実際興行の数字は厳しいものでしたが、塚本監督はいたく気に入ってくださって、何度も通ってくださいました。そして興行が終了した後、DVDとブルーレイの発売イベントをシネマシティでやりたいと声をかけていただいて、出演俳優の方、音楽の石川忠さん、そして監督のトークショー付きで『鉄男』シリーズ3作の一挙見爆音オールナイト上映をやらせてもらったら、ほぼ満席になったんです。それで社長に「ほら」って(笑)。いまだにあの時の『鉄男 THE BULLET MAN』の音が忘れられないというお客さんの声もあるくらいで。何より高校生の時に深夜にテレビで観て、『鉄男』の銀色の毒電波に打ちのめされた人間としては、最大劇場であるaスタジオで上映させてもらえたことは、最高の栄誉です。こんな幸福がお金に換算できますか。
ーー長期的な視点を考慮したうえでは、負ける喧嘩をすることもあると。逆に、これは絶対に勝てると思っていた作品は?
遠山:最近だと『GODZILLA ゴジラ』(2014)の極上爆音上映ですね。ずっと音楽モノだけではなく、アクション・SF映画で音響調整を行った上映をやりたいと思っていまして、じゃあ何でやるかという時に、これ以上デビュー戦としてふさわしいものはないと。
日本公開前からすでにアメリカでの評価が高く、またいつも調整をお願いしている音響家の増旭さんに相談して、サブウーファーを増設する、というアイディアをいただいたときに、これはスゴいことになる、と確信しました。実際その音を聴いたときには震えましたね。変わるぞ、映画館の在り方が、と。音楽モノの企画は、例えばクィーンのライブ映像でファンの心を掴んだとしても、次にやるのが尾崎豊だとか、『レ・ミゼラブル』とかだと、また告知をふりだしから始める感じになることが多いんですよ。でも『GODZILLA ゴジラ』で極上爆音上映を体験したお客様は、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』や『ジュラシック・ワールド』にもたぶんいらっしゃってもらえるし、『スター・ウォーズ フォースの覚醒』にもきっと来てくださると。つまり繋がっていくんですね。ですので単発の成功だけでなく、継続的な成功の姿を最初の時点でも描くことができました。
ーーその慎重さがあるからこそ、遠山さんは良いポジションを任されているのでしょうね。やっぱり数字で結果を出すのは大事ですよ。
遠山:それはあるかもしれません。情報収集や事前調査なんかも結構やっているほうだと思います。僕自身は何か専門的な知識や技術があるわけではなく、表層的な仕事をしているだけなので、その情けなさや不安を打ち消すためにはきっちり準備をするしかないんですよ。