『顔のないヒトラーたち』と『ヒトラー暗殺、13分の誤算』ーー“ナチスの時代”を描く2作品を考察

『ヒトラー暗殺、13分の誤算』より

 一方、『ヒトラー暗殺、13分の誤算』の舞台となるのは、それから遡ること約20年、1939年のミュンヘンである。ナチス政権下のドイツがポーランドに侵攻したのを受けて、イギリス、フランスがドイツに宣戦布告。やがて多くの国々を巻き込むことになる第二次世界大戦の火蓋が切って落とされた年の11月8日。ヒトラーは、ミュンヘンのビアホール“ビュルガーブロイケラー”で、毎年恒例の記念演説を行っていた。そして、ヒトラーが去った「13分」後、その場所が時限爆弾によって爆破される。ゲシュタポ(秘密警察)は、その日のうちに、爆弾の設計図を持った怪しげな人物の身柄を拘束する。男の名は、ゲオルグ・エルザー(クリスティアン・フリーデル)、36歳。田舎町に住む、平凡な家具職人の男だった。彼は果たして、何者なのだろうか? その正体を明らかにすべく、熾烈な尋問と拷問を繰り返すゲシュタポ。そこで、だんだんと明らかになってゆく、エルザーの犯行動機とは?

 かつて、映画『ヒトラー~最期の12日間~』(2004年)で、アカデミー賞外国映画賞にノミネートされたドイツ人監督オリヴァー・ヒルシュビーゲルが、再び「ナチスの時代」を描いたことも注目を集めている本作。監督は言う。「この映画は『ヒトラー~最期の12日間~』の裏話のようなものだ。あの映画では第三帝国の最後の数週間に集中した。本作では伝統的な村社会に、ナチスが徐々に侵入していく1930年代を描いている」と。ちなみに、ヒトラーの暗殺計画は、その後も合わせて40以上あったという。そのなかでも、一労働者の単独犯行であったこと、戦争突入への早期予見、そして何よりもイデオロギー的な要素がほとんどなかったことなどから、かなり特異性を放っているという「ビュルガーブロイケラー爆発事件」。

 映画は、固定カメラで撮られた殺伐とした尋問シーンと、手持ちカメラで色鮮やかに撮られたゲオルグの回想シーンを交互に映し出してゆく。田舎町で暮らす彼の平穏な生活のなかに、徐々に入り込んでくるナチスの「暴力」、「人種差別」、そして「戦争」の予感。近い将来、最悪の事態が訪れることをいち早く察知した彼は、個人の力で何とかそれを阻止しようとするのだった。尋問中、共産主義思想との関係性について尋ねられた彼は言う。「僕は何からも自由だ。そして、その自由を失ったら死んでしまうだろう」と。それがこの映画のテーマなのだろう。監督は、今を生きる我々がエルザーから学べることについて、次のように語っている。「ある地点に達したら、『これ以上は従えない。自分の良心と折り合いがつかない』と立ち上がる勇気」であると。

『ヒトラー暗殺、13分の誤算』より

 「時の権力」や「時代の空気」といったものに惑わされることなく、自らの頭で考え、そして行動に出ること。そこで想起されるのは、2013年に日本で公開され、異例の大ヒットを記録した映画『ハンナ・アーレント』(2012年/監督:マルガレーテ・フォン・トロッタ)だった。『顔のないヒトラーたち』でも言及されている通り、1960年にアルゼンチンで身柄を拘束され、イスラエルへ移送されたアドルフ・アイヒマン。エルサレムで行われたその裁判を実際に傍聴し、記事を書くことによって、一大センセーションを巻き起こした哲学者ハンナ・アーレントは、映画のクライマックスとなるスピーチで、次のように語っていた。

「ソクラテスやプラトン以来、私たちは“思考”をこう考えます。自分自身との静かな対話だと。人間であることを拒否したアイヒマンは、人間の大切な質を放棄しました。それは思考する能力です。その結果、モラルまで判断不能となりました。思考ができなくなると、平凡な人間が残虐行為に走るのです。“思考の嵐”がもたらすのは、知識ではありません。善悪を区別する能力であり、美醜を見分ける力です。私が望むのは、考えることで人間が強くなることです。危機的状況にあっても、考え抜くことで破滅に至らぬように」。

 ある者(『顔のないヒトラーたち』のヨハン)の行動は、その後の歴史を大きく変え、またある者(『ヒトラー暗殺、13分の誤算』のエルザー)の行動は、惜しいところで歴史を変えることなく、長らくのあいだ人々に忘れ去られていた。いずれにせよ、彼らは思考停止に陥ることなく、自らの頭で考え、そして行動に出た。翻って、今の日本はどうなのだろうか? 『顔のないヒトラーたち』と『ヒトラー暗殺、13分の誤算』……これら2本のドイツ映画は、今を生きる我々日本人にとっても、多くの考えるべき要素を含んだ映画と言えるだろう。

(文=麦倉正樹)

■公開情報
『顔のないヒトラーたち』
公開中
監督・脚本:ジュリオ・リッチャレッリ
出演:アレクサンダー・フェーリング、フリーデリーケ・ベヒト、アンドレ・シマンスキ、ヨハン・フォン・ビューロー、ヨハネス・クリシュ、ゲルト・フォス
配給:アットエンタテインメント
(C)2014 Claussen+Wobke+Putz Filmproduktion GmbH / naked eye filmproduction GmbH & Co.KG
公式サイト:http://kaononai.com/

『ヒトラー暗殺、13分の誤算』
10月16日(金)) TOHOシネマズ シャンテ、シネマライズほか全国順次公開
監督:オリヴァー・ヒルシュビーゲル
出演:クリスティアン・フリーデル、カタリーナ・シュットラー、ブルクハルト・クラウスナー、ヨハン・フォン・ビュロー
配給:ギャガ 
(c)2015 LUCKY BIRD PICTURES GMBH,DELPHIMEDIEN GMBH,PHILIPP FILMPRODUCTION GMBH & CO.KG (c)Bernd Schuller
公式サイト:http://13minutes.gaga.ne.jp/

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