スキンケアをしない男性はもはや少数派に? 「ふつう」の維持にコストがかかる「課金社会」の到来

 ライター・編集者の速水健朗が時事ネタ、本、映画、音楽について語る人気ポッドキャスト番組『速水健朗のこれはニュースではない』との連動企画として最新回の話題をコラムとしてお届け。

 第47回は、人々が自分のメンテナンスに「課金」するようになった現代の消費環境について。

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男性のスキンケア、しないのは少数派?

 若い世代から、「欲しいものがない」という言葉をよく聞く。

 たしかに消費社会を引きずっているのは、主に上の世代なのかもしれない。わからなくもない。若い人から見れば、40代以上はまとめて、バブルの頃の価値観が染み込んだ世代に見えるのだろう。僕は50代前半で、バブル世代というと自分より10歳くらい上を思い浮かべるが、細かな区別を説明しても仕方がない。おおよそ昭和バブル世代ということで、まあいい。

 先日、男性のスキンケアについての話になった。「化粧水も乳液もパックも使ってないのって、速水さんの世代だけですよ」という。その場にいた40代男性も、そこまでは欠かさないらしい。その場では何もしない僕のほうが少数派だった。ただ、こちらから見ると、どっちがより消費社会に適応しているのかわからなくなる。

 25年ほど前、僕がフリーランスのライターになって最初にした仕事は、ヒゲ脱毛の広告のキャッチコピーや体験談を書く仕事だった。男性用化粧品の広告案件も何度も受けた。自分が試して体験リポートを書いたこともあるけれど、実際にそれを使った記憶はない。

 それから20年以上が経ち、男性のスキンケアは間違いなく身近になった。調査によると、2024年の男性化粧品市場は、2019年の1.8倍になっているという(インテージ)。化粧水や洗顔料に加え、美容液やパックにも市場が広がっている。

 昨今は、歯列矯正もホワイトニングも当たり前である。芸能人でも、モデルや俳優だけでなく、お笑い芸人もしている。スポーツ選手や棋士も歯の矯正をしている。かみ合わせと集中力の問題であれ、見た目の問題であれ、若い頃から歯を治しておくというのは、今どきの親が子どもに与える「基本設定」のようなものになっている。

 もちろん、化粧品を揃えるにも、歯を整えるにもお金がかかる。化粧水から始まり、乳液、美容液、パックと、手入れの項目は増えていく。女性であれば10代前半で誰しもが辿る道なのだろう。ファンデーションをはじめ、メイク用品一式を揃えるまであと一歩。スタートラインを越えた以上、あとはゴールまで一直線だ。

ボードリヤール『消費社会の神話と構造』が一周した社会

 現代人はみな、「欲しいものがない」といいつつ、あれこれ課金は欠かしていない。最低限課金しておく項目が増え、支払いも増えている。より行き過ぎた消費社会のはずなのに、当事者はその感覚が薄い。欲望に根ざした消費は減ったが、常識的なラインに到達するための課金は、増えている。

 この辺りの話を誰か論じていないかを調べてみた。見た目と消費意識を巡る価値観の変化については、美容整形を研究する社会学者のアビゲイル・ブルックスが触れていた。外見を変える手段が身近になるほど、自分の見た目を変えない選択は、本人の責任であるとされるようになった。たとえば、シワが多いのは加齢の結果だったはずなのに、施術で減らせる時代になると、対処を怠っていると思われてしまう。

 しかも、シワがない状態を維持するためには、定期的なメンテナンスが必要だ。一度課金したら、それはサブスクリプションのような継続課金を意味するのだ。それでもって得られるのは、人並みという状態の維持である。

 80年代に消費社会について語られる機会が増え、ジャン・ボードリヤールの『消費社会の神話と構造』が注目された。フランス語版の刊行は1970年。日本語版の刊行は1979年だった。

 ボードリヤールによると、人は商品の実用的な価値だけでなく、それを持つことで得られる意味や地位にも金を払っている。車で言えば、人を乗せて走れる、通勤に使える、というのが前者。上級グレードだからセレブっぽく見える、というのが後者である。こうした意味や地位に金を払うのが記号消費である。

 広告が売り込むのも、便利さではない。後者の記号の方だ。その商品を選ぶことで、個性や自分らしさが得られると訴える。ただし、そこで選べる個性は、あらかじめ商品として用意されたものでもある。

 ただ、個性や自分らしさを買うという消費社会の説明は、もはや時代遅れだ。いまの課金社会は、「あなたらしさ」や「個性」ではなく、まずスタートラインに着くためにお金を払え、と言ってくる。ホワイトニングも男性化粧品も、それをやってようやく「ふつう」ですよ、というものに変化した。ボードリヤールが一周したのだ。

 現代の課金社会では、個性を買う前に、ふつうでいるための支払いが待っている。欲望は減退しているはずなのに、課金は増えている。これはこれで当然、新しい消費社会である。人並み以上の個性や自分らしさがほしいとなると、その先の課金が必要である。

 ボードリヤールは1929年生まれ。とっくに死んでいる。2007年没。インターネットの普及は見届けたが、生成AIが無限に文章を増殖させる時代は見なかった。ただ、元になる現実がなくても、記号やイメージが互いを参照して通用する社会について、彼は70年代から論じていた。シミュラークルという概念。生成AIを考えるときにも重なる話で、早かった。

 最後に、日傘男子の話。いまどきは、日傘は進歩的な男性であることを示すための道具として広められようとしている。日傘が女性のものだなんて、古い価値観をまだ引きずっていませんか? そんなあなたがジェンダー観をアップデートしている男性ならば、いますぐに日傘を買ってさして歩くべきです。このメッセージを発しているのは、日傘メーカーでも広告代理店でもなく、友人やSNSである。消費社会は日々進歩している。

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