Amazonベストセラー漂流記
絶対に二度見する『るるぶ』が出現......定番旅行本が仕掛けた不気味すぎる恐怖の正体とは?
9月3日のAmazon売れ筋ランキング「本」部門で25位にランクインしていたのが、『るるぶ■■版 蓋ヶ瀬』(JTBパブリッシング)である。表紙は一見いつもの「るるぶ」だが……という、異色のモキュメンタリーホラーだ。
「違和感だらけのガイドブック」の正体
「るるぶ」といえば半世紀にわたって刊行され続けている、旅行ガイドブックの定番として知られている。タイトルとして目立つ位置に大きく地名が書かれ、その周囲に観光名所の写真や誌面の内容が賑やかに配置されたあの表紙は、誰しも一度は書店で見たことがあるはず。中身の誌面もとにかく賑やか、旅行の楽しさが一発で伝わってくるビジュアルとエリアごとの観光の勘所を押さえた内容は、まさに旅行ガイドブックの定番といった安心感がある。
その安心感を逆手に取ったのが、今回の『るるぶ■■版 蓋ヶ瀬』だ。るるぶはこれまでにも宇宙を題材にしたものなど突飛な内容のガイドブックを刊行しているが、今回はかなり変則的な内容。匿名のホラー作家「柿」氏による、ガイドブックを一冊丸ごと使ったモキュメンタリーホラーなのである。
まず表紙からして異様。フォーマット自体はいつものるるぶの体裁で、大きく「蓋ヶ瀬」という地名が書かれている。「いざっ 未踏の地へ!」「新しい自分にであう旅」といったキャッチコピーも賑やかなデザインで配置されており、一見するといつもの「るるぶ」である。が、その周囲に配置されている写真が微妙に地味。表紙のど真ん中に配置されているのはただのトンネルだし、普通の川や普通の学校教室など、観光名所とは思えない写真が「るるぶ」の表紙のノリで配置されている。表紙の上部にある「ウワサのスポットを再現!」というキャッチも、文字化けしている部分があるのもよくわからない。大体「蓋ヶ瀬」という大きな文字が黒いのも、「るるぶ」の表紙としては異様だ。
内容についても、一見すると普通のガイドブックである。蓋ヶ瀬の街をエリアごとに紹介し、蓋ヶ瀬で見学できる歴史やアートについて解説し、移住する場合の住宅についてまで触れられている。が、ところどころがやっぱり変。随所に載っている盛り塩の写真や、細かいところがおかしい解説のキャプション、唐突に挟まる不穏なページなど、どうにもガイドブックとして見ると妙な部分が挟まっている。
本書は前半と後半に分かれた構成となっており、この不穏なガイドブックパートの後ろには別のパートが続く。この後半部分について触れると完全にネタバレになってしまうので、この部分については実際に買って読んでみていただきたい。最後まで読んだ後、もう一度冒頭に戻ってガイドブックパートから読み返したくなること請け合いの内容となっている。
「旅行ガイドの明るさ」が恐怖を倍増させる理由
一読して感心したのは、「るるぶ」の誌面の明るい雰囲気を非常にうまく使っているという点だ。本来なら旅行ガイドブックは、あらゆる本の中でももっとも心躍るもののはずだ。これから向かう楽しい旅行の計画を立てるための本なのだから、誌面全体が浮かれている。ワクワクするようなスポットを軽い読み口で紹介し、旅行の際に気をつけることをわかりやすく解説し、豊富な写真で旅行についての具体的なイメージを作る。旅行ガイドブックはそういった目的に沿って編集されており、その最たるものが「るるぶ」シリーズのあの明るい表紙・内容だったはずだ。
その明るさの中に不穏な要素を入れ込んでおくことで、不穏さがより際立って感じられるのが『るるぶ■■版 蓋ヶ瀬』の大きなギミックだろう。あからさまにおどろおどろしい誌面ではなく、あくまで「るるぶ」の体裁の中にヤバそうな情報が紛れ込んでいるからこそ、より一層「どういうこと?」という気持ちが湧く。スイカに塩を振ると甘さが強く感じられるように、明るいところに不気味なものを置くことで、より一層不気味さが強く感じられるのである。使えるとしたら一回こっきり、飛び道具のようなギミックだが、本書はそのチャンスをうまく捉えたと言えるだろう。
それにしても、この内容を企画してページを作成し、刊行までもっていったJTBパブリッシングの器のデカさは相当なものだと思う。自社の一大名物シリーズであり、本来ならば旅行の楽しさを知ってもらうためのガイドブックである「るるぶ」を使って、逆に人を怖がらせる。そんなアイデアが稟議を通り、予算がつき、ちゃんと編集されて世に出たという点に、JTBパブリッシングという会社の度量の広さが表れているのではないか。よく企画が通ったものだと思う。
また、「誰もが知っている旅行ガイドブックの体裁を利用したモキュメンタリーホラー」という企画が通った点は、世間のホラーブームの根強い人気を表しているのかもしれない。「その内容ならイケる」という確信がなければ予算はつかないはずで、つまるところ目新しいモキュメンタリーとして勝算があったからこそ『るるぶ■■版 蓋ヶ瀬』は形になったはず。この企画がちゃんと本になり、実際にAmazonの売れ筋ランキングで上位に食い込んでいること自体が、昨今のホラーブームの根強さの証拠だと思う。
なんにせよ、世の中には世間の多くの人が知っている書籍のフォーマットがまだまだ数多く存在している。そういったものを逆手に取ったホラーが今後も作られるかもしれない……という期待を抱かせる一冊だった。ちなみに本書は電子書籍版も発売されているが、より強い違和感を味わいたいならば通常の書籍版がオススメ。ぜひ書店でお買い求めいただきたい。
■書誌情報
『るるぶ■■版 蓋ヶ瀬』
著者:柿
価格:1,760円(税込)
発売日:2026年8月28日
出版社:JTBパブリッシング