『ちいかわ』かわいくて楽しい世界の裏側に隠されているものとは?
『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』の大ヒットがきっかけで、新しい読者も増え、改めて『ちいかわ なんか小さくてかわいいやつ』(以下『ちいかわ』)の物語に対する関心が高まっている。
『ちいかわ』は、2020年にナガノがX(旧Twitter)で始めた1ページずつ配信されている漫画で、主人公のちいかわと、その仲間たち(以下、ちいかわ族)の姿を描いた物語だが、エピソードが断片的で、あえて説明していない部分が多い。
そのため、ちいかわたちがおいしいものを食べたり遊んでいる姿を描いた楽しい作品に見えるのだが、何度も読んでいると不穏な部分や、当初はわからなかった意外な物語が見えてくるのが本作の奥深さだ。
※以下、ネタバレあり。
本作では、「こういう風になってくらしたい」理想の存在として「なんか小さくてかわいいやつ」として、主人公のちいかわの姿が初めに描かれる。
次に、ちいかわとは異なる意味で「こういう風になってくらしたい」存在として「なんかでかくて強い奴」(以下、でかつよ)という鬼のような顔をした4足歩行の巨大な怪物が描かれる。
その後、ちいかわが仲間のうさぎと巨大なピザまんやホットケーキをおいしそうに食べる姿が楽しく描かれるのだが、突然不穏な空気が漂うのが「キメラ」という回。
この回に登場したピンク色の怪物は、ピンク色のちいかわ族の体に羽と尻尾と鋭い爪が生えたキメラで、パズルで遊んでいるちいかわに笑いながら近づき「こんなになっちゃった」と言って泣きながら襲いかかってくる。
そして、次の「イヤ」という回では、羽の生えた空を飛ぶ4足歩行の仮面を着けた怪物が登場して「だからなんだってんだよ」と言って、ちいかわに近づいて来る。
この二つのエピソードはとても異質で、ここから『ちいかわ』が、かわいくて楽しい世界の裏側に何かヤバイものが隠されていることが次第にわかってくる。でかつよやキメラは、その後もちいかわと敵対する謎の怪物として繰り返し登場する。
また、「手」という回では、ウサギの手が鋭い爪のついた恐竜の手のように変貌する場面がちいかわの夢の中に登場するのだが、ちいかわ族が不気味な怪物の姿に変身するエピソードは、何度も繰り返される。
『ちいかわ』は最小限の描写で物事を見せていくため、背後の世界観や設定についてもほとんど説明がない。だからこそ、読者の間で細部の情報や行間から読み解く考察が盛り上がっており、その背後の設定を読み解くこと自体がゲーム的な面白さとなっている。
そんな読者の考察で盛り上がっているのが、でかつよやキメラといった怪物の正体だ。読者の間では、彼らは元ちいかわ族で、何らかの要因によって怪物化した存在ではないかと考察されている。
たとえば、あのこは、小さな角が一本生えている猫のような顔と爬虫類のような尻尾が印象に残る巨大な怪物で、ちいかわ族の討伐対象となっている。あのこの振る舞いは、無邪気でとてもかわいいのだが、一方でとても冷酷で、容赦なくちいかわ族を屠る。
『ちいかわ』のキャラクターは怪物もかわいらしい姿をしているが、ちいかわ族を捕食対象として見ているため、油断するとすぐに襲いかかってくる。
このかわいいビジュアルと暴力描写の落差が『ちいかわ』の不穏さとなっている。そして、あのこは元々、ちいかわがレモンのシール貼りの労働をしている時に隣で作業していたちいかわ族で、ちいかわとはお菓子を交換して仲良くなっていた。あのこがどのような理由で怪物化したのかは不明だが、いっしょに働いていた友達が突然いなくなり、気が付くと怪物となって襲いかかってくるのが『ちいかわ』の世界だ。
そのため、他のちいかわ族もいつか、でかつよのような怪物になってしまうのでないか? という不安が読者の間には存在する。
例えば、ちいかわの友達・ハチワレは夢の中やパラレルワールドで、巨大な怪物になった姿が作中で何度も描かれており、いつかハチワレもでかつよのような怪物になってしまうのではないか? と読んでいて心配になる。
ハチワレは常にもっと強くなりたいと考えている少年漫画の主人公のようなキャラクターだが、小さくてかわいいちいかわが弱いながらに健気にがんばる姿を肯定的に描く本作において、ハチワレの「強くなりたい」という意思はどこか危うく、力を求める気持ちが怪物化のトリガーとなるのではないかと、嫌な想像をしてしまう。
もしかしたら、ハチワレだけでなくちいかわ族全員がキメラやでかつよのような怪物に変身する可能性があり、彼らに仕事を斡旋している鎧さん達は、ちいかわ族が怪物化しないように監視しているのかもしれない。
一方、序盤に登場したでかつよと精神と肉体が入れ替わっているのでは? と思われているのがモモンガだ。
基本的に善良で優しい存在としてちいかわ族は描かれているのだが、モモンガだけが振る舞いが横暴で、そのくせ、自覚的にかわいこぶりっこをするという奇妙なちいかわ族だ。
物語冒頭で「こういう風になってくらしたい」という作者の願望としてちいかわは登場したが、あれは(でかつよだった)モモンガの願望だったのかもしれない。
いつか怪物になってしまうかもしれないハチワレ達ちいかわ族の不安を描く一方、でかつよだったモモンガが、ちいかわと心と体が入れ代わる話が描かれているのは、果たして偶然なのだろうか?
物語の結末が、ちいかわ族のでかつよ化に向かっているのであれば絶望しかないが、物語をかき乱し想定外の状況を生み出す元・でかつよのモモンガが存在することに、筆者は希望のようなものを感じている。
圧倒的強者の怪物だったでかつよが何故、ちいかわになりたいと思ったのか? いずれ明らかになる日を楽しみにしている。