水木しげると戦記漫画『白い旗』ーーゲゲゲの楽園の隣にあった戦場の地獄

 2026年8月16日(日)、NHK総合では、21時より『NHKスペシャル 白い旗 水木しげると硫黄島』で、水木しげるの戦記漫画『白い旗』(講談社)のアニメを放送するという。

『白い旗』(講談社)

 水木は、マイナーな貸本漫画家として活動していた1957〜1966年に、30本以上の戦争漫画を描いた。『白い旗』はそのひとつで、1964年に貸本漫画誌『日の丸』に掲載され発表時は『二人の中尉』というタイトルだった。不利な戦況のなか、全滅するまで戦闘を続けることを唱える陸軍中尉と、米軍に投降して部下を生きのびさせようとする海軍中尉の対立が話の中心になっている。

 作者の水木は硫黄島の戦闘の参加者ではないが、一部ではよく知られているように、ニューギニアの戦場で片腕を失った。1922年生まれの水木が戦場に行ったのは、1943年の末だ。大阪夜間中学校(現在の大阪学園大阪高等学校)に三年生として在学中、召集令状を受け、配属先で南と北のどちらを希望するか聞かれ、暖かい方が好きだから南と答えたら、ニューギニアに送られることになった。

 所属したのは鳥取に本拠を置く陸軍第40連隊で、戦地では上官のビンタ、穴掘りの労務、食料が圧倒的に不足する状況下での魚や木の実の確保などに追われる。戦闘と無関係に、捕まえた魚を生きたまま口にし、喉に詰まらせて死んだ戦友もいたという。

 やがて、ラバウルの基地から遠く離れた内陸のダエンに侵攻する決死隊に選ばれ、敵襲によって部隊は壊滅するが、海に飛び込んだあと岩場の海岸を走ってどうにか中隊が駐屯するウルグットに帰還する。だが、中隊長からは「みんなが死んだのに、お前はなぜ逃げて来たんだ、お前も死んだらどうだ」と冷たい言葉を浴びせられる。

 戦況は急激に悪化し、しかもマラリアで42度の高熱に苦しむ。そこに敵の空襲を受け、左腕を切断することになった。手術時、輸血が必要になり、血液型を聞かれ、「たぶんO型でしょう」と答えるが、これは誤りだった。軍医は水木が高熱で朦朧としているのでその言葉を信じずに輸血を中止し、結果的に、輸血ミスによって死に至る事態を逃れた。この時のことを、水木は自伝の『ねぼけ人生』(筑摩書房)で、「人間が生きているということには、自分の力以外にどんなものの力が作用しているか知れない。自分の意志以外の様々な要素が自分を生かしているとしか考えられないことを軍隊生活では如実に体験した」と記している。その後、ナマレの野戦病院で療養中に終戦を迎え、1946年3月に駆逐艦「雪風」に乗せられて帰国した。水木の戦争漫画のなかでも長編の『総員玉砕せよ!』(講談社)は、この一連の経験が反映されている。

『総員玉砕せよ!』(講談社)

 漫画をはじめ戦後のサブカルチャー批評の先駆者といえる鶴見俊輔は、『白い旗』について、軍の中枢から遠く離れた戦場で一人の指揮官が自分の判断で戦争を終わらせることは現実にありえなかったと述べる。そのうえで、この作品は、ニューギニアの戦場で玉砕命令を覚悟していた水木が空想し、望んできた戦闘の終結の形という見方を示している(『鶴見俊輔集(7)漫画の読者として』(筑摩書房)に収録)。ちなみに、鶴見は水木と同じ1922年生まれで、戦時中はインドネシアの戦場にいた。

 ただ、水木にとって戦争体験はすべて悪いことだけでもなかった。左腕を失ったあと、現地住民に煙草を与えて代わりにパンの実をもらったりしているうちに、すっかり仲良くなる。熱帯なので衣服も住居も簡単で、自然が人間を生かしてくれる環境があり、一日に三時間程度しか働かない素朴な生活を見て「天国の部落」と思い、一度は上官に現地除隊を申し出たという。後年には、彼らの村を再訪している。

『鶴見俊輔集(7)漫画の読者として』(筑摩書房)

 戦後の水木は右腕一本で大量の漫画を執筆した。『白い旗』ほか多数の戦争漫画では戦争の残酷さを活写しているが、悲惨な戦争体験をしながらも、水木の作品に声高な反戦の主張は少ない。『墓場鬼太郎』(角川書店)には、死後の世界で東條英機がしんみりと「戦争はいけませんよ」と語る場面があるが、東條をきびしく糾弾する雰囲気はない(この場面は2008年放送のアニメ版では描かれなかった)。『悪魔くん 千年王国』(小学館)では、戦争も貧乏もない千年王国の建設という理想が語られるが、悪魔くんは同志の俗な欲のためあっさりと挫折する。『コミック昭和史』(講談社)では、昭和初期の庶民が文官の政治家よりも軍人を敬愛した心情が淡々と語られる。

『ゲゲゲの女房』(実業之日本社)

 こうした水木の作品には、人間は愚かであり、世界には残酷なことがいくらでもあるが、それでも生は楽しく、人間は生きていくという明るいニヒリズムが漂う。

 水木の妻である武良布枝の手記『ゲゲゲの女房』(実業之日本社)には、水木は「なんとしても生き抜く」という思いがとても強く、「眠ることに対する強い執着も、食べることに対する欲求も、水木の生きる執念のあらわれのように感じます。」と記されている。そんな図太さと生命力の背景には、生来の楽天性に加えて、戦場で地獄と楽園が紙一重で隣接する世界を見た経験も影響していたのだろう。

関連記事