「ユートピアを前提に物事を考えてはいけない」絓秀実に聞く、いま花田清輝を読む意味

『絓秀実セレクション1 増補新版 花田清輝 砂のペルソナ』

 1982年に刊行された批評家・絓秀実のデビュー単著『花田清輝 砂のペルソナ』。初期絓の思想的エッセンスを刻んだ重要作と評されながらも、長らく入手困難な状況が続いていた同書が2026年4月、絓自身の付論や批評家・長濱一眞による解説などを加えた増補新版として、書肆子午線より刊行された。

 1950年代後半に花田清輝と吉本隆明の間で展開された論争をめぐり、「吉本が勝った」との世評に異論を投げかけたことでも知られる本書。改めて読むと、絓は花田作品の徹底した読解を通して、疎外論への批判や文学における政治性の再考など、のちに展開していく思考の方向性を早くも明確に示していたことが分かる。今回のインタビューでは、本書の執筆に至った背景や花田清輝から受けた影響に加え、いま花田を読む意味についても訊ねた。

吉本・花田論争にあった“誤読”

――本日は、増補新版として刊行された『花田清輝 砂のペルソナ』について、そして花田清輝という存在や絓さんご自身の思想的歩みについてお話を伺えればと思います。本書の初版刊行は1982年ですが、執筆を始めた時期は?

絓秀実(以下、絓):『日本読書新聞』の編集長を辞めた後、1978年ごろから元原稿を書き始めました。今の出版業界では考えられないことだけれど、特に『読書新聞』のような媒体では20代で編集長になり、20代後半にはリタイアするのが当たり前だった。年齢相応に給料が上がっていくこともなく、飛び出してみたものの就職口もない(笑)。そうして時間ができたことで、本格的に花田清輝に向き合うことになりました。花田が亡くなったのが1974年でしたから、没後数年が経過した時期のことです。同時期にサンリオの出版部に就職もするんだけれど、組合を作ったら解雇されて。その争議(サンリオ闘争)をやりながら書いていたので、相当しんどかった記憶がありますね。

――1970年代後半というと、花田清輝を再評価する動きが一部で起きていた時期ですね。雑誌で花田特集が組まれたり、講談社版の花田清輝全集も出版されました。今回の本の中でも、川本三郎や樺山紘一といった当時の若手論者による花田論が批判的に言及されていますが、絓さんはその頃の花田再評価には違和感があったと?

絓:文化人類学者の山口昌男さんを中心とするグループが花田を再評価し始めていましたが、彼らのアプローチは花田の政治性を脱色して、もっぱら「文化論」として解釈しようとするものでした。もちろん花田に文化論者的な側面があるのは確かです。しかし、政治性を抜きにして花田を語ることはできない。当時の論壇では、吉本隆明との論争を経て「政治的には花田が敗北した」という見方が定着していましたが、それはちょっと違うんじゃないかと。レトリックや文化論へ回収するのではなく、花田を政治思想の問題として読み直さなければならないと考えたのが、本書執筆の最大の出発点です。

――1950年代後半に展開された「吉本・花田論争」(※)ですね。吉本が花田のことを社会ファシストと呼び批判しましたが、本書はこの論争をめぐる「一般的評価」への異論でもあります。

※吉本隆明が1956年に発表した「現代詩批評の問題」に対して、花田が翌年発表の「ヤンガー・ゼネレーションへ」で批判を加えたことを契機に両者の論争へと発展。論争の中で、吉本は花田の戦時下の活動を糾弾した。

絓:世間では「吉本が勝った」とされていましたが、私は吉本さんの花田への批判には根本的な誤読があったと考えています。この論争の隠れた土台になっているのは、カール・マルクスの『資本論』第二巻(流通過程)の理論。花田は『資本論』第二巻を明確に理解した上で論理を展開していましたが、吉本さんはそれを誤読しているというか、おそらく読んでいなかった。第二巻を本当に読んでいたら、ああいう論争は起こらないはずなんです。

――花田の戦時中の文章「ユートピアの誕生ーーモーア」に対する吉本の批判ですね。絓さんは本書で、マルクスに依拠したユートピア批判であるはずの同論を、吉本がユートピア肯定論だと取り違えていると指摘しています。その背景には、花田が引用した『資本論』第二巻の「単純再生産」の議論に関する吉本の誤解がある、と。

絓:吉本さん自身、「読んだ」と書いているエッセイが一つだけありますけれども、生涯を通じて『資本論』について本格的に論じたことは、私の記憶ではない。もちろん推測ですが、私は当初から「吉本さんは読んでいないな」という印象を持っていました。つまり「花田の政治的敗北」という評価自体が、吉本側の誤読によって作り上げられた虚構だったのではないか。その構造を検証・証明することが、資料を調べ上げて本書を書く動機になりました。

――そうした見立てをもとに資料を調べ、この本を書かれたということですね。花田の政治性を捉え直す上で、戦時中に書かれたテキストの解釈が重要となり、本書はそれを高く評価する立場ですね。

絓:この本を書いた当時、私は「花田は東方会(中野正剛率いるファシズム団体)の会員ではなかった」というミスリードーーそれは主に花田清輝全集を編纂した久保覚さんによるものですがーーに乗り、通説として信じていました。しかし近年の資料研究(有馬学氏らの検証)により、花田が実際に東方会の会員であったことが証明された。この点に関しては吉本さんのほうが正しかった。つまり「花田は国家主義・ファシズムにかかわっていた」という指摘自体は事実だったわけです。今回の新版ではその点の反省も付記しています。

 しかし、東方会だったという事実を踏まえても、花田を単純なファシストとはいえないだろうなと。時局論文を読んでも、マルクス・レーニン主義に基づいて書いたものが多い。

ーー現時点においても、絓さんの戦時中の花田に対する評価は変わっていないと?

絓:変わらないですね。特に、小林秀雄の戦争協力を暗に批判した「笑の仮面」(『錯乱の論理』収録)を読み返せば、これはファシズム批判的な文章として揺るぎはないとあらためて思います。実際に政治的な効果は得られなかったとしてもーーこれは現代でも同じですが、言っておかなければならないことがあるだろうと。その意味で、これは抵抗だろうと。

天皇敗北論は、戦後にあらかじめ組み込まれていた

――戦時下において、花田は言うべきことを言い、書くべきことを書いた。

絓:そうですね。ただ執筆当時、私が十分に考え切れていなかったのが「天皇制」の問題でした。戦後、天皇制についてある程度公然と発言できるようになって以降の花田を読むと、戦時中から抵抗的な言説を書いていたと評されている作家の中野重治と、戦後はむしろ一定の距離を持って論争していたことが非常に重要に思えてくる。最近刊行された、私の本よりも10倍売れている國分功一郎さんの『天皇への敗北』(新潮新書)を読んで、あらためてそのことを考えました。

 私の考えでは、戦後憲法、あるいは戦後憲法を支える論理というのは、あらかじめ「天皇に敗北」することによって成立しています。だからこそ、今「天皇への敗北」と題された本が出たことに驚愕したのです。順を追ってお話すると、1947年に刊行された雑誌『展望』には中野重治の「五勺の酒」が掲載され、同じ号には柳田國男との対談も掲載されています。柳田は、枢密顧問官として戦後憲法を成立させる側の立場にいた人物であり、なおかつ天皇制擁護の立場でもあった。その柳田が中野に対して、一部で「愛される共産党」(※)などと言いながら、天皇制を批判するのはおかしい、といわば脅しをかけているわけです。それを背景にしなければ「五勺の酒」は読めないというのが私の考えです。

※1946年に帰国した野坂参三が提唱したスローガン。戦前のように「天皇制打倒」を押し出さず、大衆に親しまれる方向性を目指した。

 そもそも「五勺の酒」とこの対談が同じ号に掲載されていたというのがおかしい。花田自身もそのことに気づいていたかはわかりませんが、少なくとも柳田の系譜にあった花田は中野と距離を取っていた。そこに戦後思想の一つの分岐点があったと考えています。

ーー本書収録の付論『花田清輝の「党」』で、絓さんは花田による中野重治「五勺の酒」批判にも言及していますね。他方、先ほど挙げられた『天皇への敗北』では「五勺の酒」が肯定的に取り上げられています。

絓:以前の本にも書きましたが、戦後憲法を理論づけた宮澤俊義は、明確に「天皇制を守るために八月革命説を唱えた」と言っています。一方で、それに対抗した尾高朝雄という憲法学者も、結局はノモス主権の理論によって天皇制を擁護しようとしていた。その流れを、現代の憲法学者である樋口陽一さんや石川健治さんなどが継承・再評価しているわけです。しかし、それは結局、天皇制を維持するために戦後憲法を擁護しているということではないのか。そう考えると、『天皇への敗北』などで書かれている現在の憲法論も、戦後にあらかじめ組み込まれた枠組みを反復しているだけなのではないか、という気がするんです。

 2000年代くらいまでは、たとえば鈴木邦男のような右翼でさえ、「天皇家は伊勢神宮の神主になればいい」、あるいは「『風流夢譚』(※)を復刻しろ」と公然と言えた時代だった。ところが今は、一見すると誰でも自由に発言できる時代になったようでいて、そういうことさえ言えなくなっている。それは言論統制があるからではなく、思考の枠組みそのものが、そうした発想を排除してしまっているからだと思います。

※風流夢譚:深沢七郎の短編小説、1960年12月号の雑誌「中央公論」に掲載。

 だから、國分さんの本のタイトルは刺激的で、私は素晴らしいと思う。私自身も『天皇制の隠語(ジャーゴン)』という本を書いていますから、タイトルだけ見ると同じような問題を扱っているように見える。でも、実際にはほとんど逆のことを言っているんです。

 國分さんが依拠しているのは、憲法学者の樋口陽一さんや石川健治さんの系譜。しかし、そのロジック自体は、実は最初から「敗北」を織り込んだものです。彼らは2015年の安保法制反対運動の際にも中心的な役割を果たしました。國分さん自身も、そのことは念頭に置いているはずですが、『天皇への敗北』というタイトルを掲げながら、その理論的な足場としている憲法学そのものが、「敗北」を前提に組み立てられているということには踏み込んでいない。その点が私にはよく分からず、今も非常に気になっています。

花田清輝と岡本太郎

――絓さんと國分さんの天皇制への理解の違いは、1950年代にすでに花田清輝と中野重治の間に現れていた問題でもあったと言えますか。

絓:その萌芽はあったと思いますが、花田が議論として展開しきれなかった。花田はああいう文体ですし、天皇制について論理的に突き詰めて議論するタイプではないのかもしれない。だから、柳田國男についていってしまう(笑)。

――この本では、戦後の花田清輝については比較的批判的に書かれていますね。たとえば「笑う男」のような戦後すぐの作品についても、「笑の仮面」ほど高くは評価されていない。ただ、最近絓さんが書かれたものを読むと、戦後の花田に対する見方にも変化があるように感じました。

絓:そうかもしれませんね。私が本書を書いた頃は、中野重治を高く評価する風潮は終わったと思っていて、語ることに気乗りがしなかったんです。ところが、前出の國分功一郎さんの本などを見ると、他に人間がいないのか、また中野を思想的な軸として持ち上げる流れが出てきている。花田はその対抗軸になり得ると思うし、そうすると戦後の花田についてもあらためて言えることがいろいろあるような気がしています。例えば1950年代、花田は岡本太郎と一緒に「アヴァンギャルド芸術」をやっていました。ちょうど1950年前後は、岡本太郎が「縄文」を前面に打ち出し始めた時期でもあります。しかし興味深いのは、花田は岡本太郎と共同で仕事をしながら、自分ではほとんど「縄文」と言っていないこと。少なくとも積極的に押し出してはいない。そこには、大きな違いがあると思います。

 花田は結局、良くも悪くも柳田國男のところで止まっている。つまり「常民(※)」の問題なんです。もちろん、現在では柳田が考えたような意味での常民社会は、ほとんど存在しない。だから、その議論はある意味では郷愁的にも見えます。それでも、花田が柳田で止まったおかげで、万博に取り込まれず傍観して、「縄文」を積極的な思想として受け入れずに済んだとも言えるかもしれない。花田が言っていたアヴァンギャルド芸術は、(大阪万博が開催された)1970年に岡本太郎によって失効しました。岡本太郎は、いくら資本の援助を受けようがアヴァンギャルド芸術は追求できるとしていたが、「太陽の塔」は原発のメタファーであって、それに対して花田はある種、抵抗的であり得たということです。

 いま岡本太郎を再評価する流れがありますね。それは岡本太郎がフランス滞在時代にバタイユやクロソウフスキーらの社会学研究会に参加していたことが大きいと思いますが、花田にはそうした海外の人脈はありませんでした。瀧口修造などを通して知った知識で、アヴァンギャルド芸術をあれこれ論じていたわけです。岡本太郎を評価するなら花田も再評価すべきーーとまでは言いませんが、少なくとも目配りしてもいいじゃないかとは思いますね。

※常民:歴史書に記録されることのなかった「名もなき普通の人々」のこと。柳田は歴史を作る主体を「常民」に見出していた。

花田清輝から学んだ「反ユートピア思想」

――絓さんと花田清輝の文章には、どこか共通する部分を感じるのです。

絓:逆張りですかね(笑)。

ーーそれもあると思うのですが、絓さんの批評は一貫して「反ユートピア的」であり、その点で花田に通じるのでは?

絓:ああ、そうですね。「ユートピアを前提に物事を考えてはいけない」という姿勢は私が花田から学んだ最も大きなもので、後にハンナ・アーレントも似た主張をしていると知りました。そして、このユートピアをめぐる問題こそが、吉本隆明との論争の最大の核心でもあった。ここで花田の有名なエッセイ「晩年の思想(※)」の意味が効いてきます。

※花田清輝は同エッセイで「闘争にとって不可欠なものは、冷酷な晩年の知恵であり、一般に想像されているように、奔騰する青春の動物的エネルギーではない」と記している。

――絓さんの場合、単に反ユートピア=現実主義ということではない。政治を含めて理念的なものにも常にコミットされてきました。

絓:理念的なものは必ず出てくるので、それをどうやって自分の中でもう一度批判して、スカラベ・サクレ(※)の糞転がしのように繰り返し転がしていくかが重要だと思っていています。花田清輝は「砂漠」と表現しましたが、それを比喩で終わらせずに生きるという意味で、本書を書いてよかったなと。

※ファーブル昆虫記に登場する「糞虫」のこと。花田はカミュ『シーシュポス(シジフォス)の神話』におけるシジフォスと対比しながら、スカラベ・サクレの喜劇性を論じている。

――もう一つ伺いたいのは、絓さんは左派でありながら、西部邁さんや福田和也さんといった保守系の論客と深い交流があったことです。リアルサウンドでは「追悼・福田和也「保守革命主義者のとんかつとアジビラ、その享楽」」(https://realsound.jp/book/2024/09/post-1794702.html)という追悼文も寄稿していただきましたが、彼らとはどんな部分で通じていたのでしょうか。

絓:彼らには公正さがあると感じました。花田清輝と自分を重ねる気は毛頭ないのですが(笑)、花田と保守派の福田恆存が意外に仲がよかったことにも通じるかもしれない。大西巨人さんが「保守のほうがまともな場合もある」とおっしゃっていたように、イデオロギーが強くなりすぎた左派は、自分の教条に合わせるために現実や言葉をねじ曲げてしまうことがある。その点で、保守の側のほうがかえってフェアに見える場面が確かにありました。

 福田和也さんなどは投げっぱなしで書いて、それが真っ直ぐになっているような面白さがあり、『日本クーデター計画』について立ち話で「本当にできると思ってるの?」と聞いたら、「中核派みたいな連中の手を借りなきゃできないよ」なんて言っていましたね(笑)。西部邁さんについては、彼の保守が偽装だったというつもりはありませんが、ある種のニヒリズムや暴力性を最後まで持ち続けていた人だったと思います。亡くなるひと月ぐらい前にたまたま飲み屋で会って、朝まで一緒に飲みました。会うたびに「早く保守になりなさい」と言われて(笑)。私はそういうタマではないので保守にはなれませんでしたが、思想信条で割り切れない、尊敬する部分がある人でしたね。いまは大衆的にも保守が増えていると思いますが、二人のように魅力的な保守はいなくなったなと感じます。リベラルはもっとダメなんですがね(笑)。もっとも、年を取ったからすべてがダメに見えているだけで、素晴らしい人も出てきているのかもしれないけれど。

――他方で、アメリカの第二次トランプ政権を理論的に支えていると言える、パトリック・デニーンやピーター・ティールといった新右派の台頭が注目されています。その辺りはどう見ていますか?

絓:デニーンらの言説を調べると、彼らは皆、カール・ポランニーの『大転換』(1944年)を言い換えていることがわかります。ポランニーは「資本主義だけが社会をフラットにするわけではなく、市場経済の背後には共同体や伝統がある」と論じました。(ポランニーの遺著である)『人間の経済』を翻訳した玉野井芳郎さんなどは「人間の経済は資本主義で終わりではないんだ」という意味で使っていたが、栗本慎一郎さんや野口建彦さん、西部邁さんらもそうだと思いますが、1970年代以降、マルクス主義が行き詰まるなかで、右派・保守勢力がポランニーを積極的に援用するようになった。これは世界的な流れのようで、怖いなと思います。今回のひとつのテーマになった「縄文」にもつながるところで、デヴィッド・グレーバーとデヴィッド・ウェングロウの『万物の黎明』のなかでも、誰が教えたのか「縄文」にページを割いていますが、日本固有の文脈から切り離して「太古のユートピア」として称揚する姿勢は警戒すべきです。花田清輝が「縄文」へ雪崩れ込まずにとどまったように、安易なユートピア的幻想に逃げ込まず、思考の刃を研ぎ続けることが今改めて求められているのだと思います。

■書誌情報
『絓秀実セレクション1 増補新版 花田清輝 砂のペルソナ』
著者:絓秀実
価格:3,960円
発売日:2026年4月20日
出版社:書肆子午線

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