京アニ『二十世紀電氣目録』は『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』に続くヒット作に? レーベル・KAエスマ文庫の狙い
2026年7月5日から放送開始のTVアニメ『二十世紀電氣目録-ユーレカ・エヴリカ-』は、アニメを制作している京都アニメーションが2018年に出した結城弘のライトノベル『二十世紀電氣目録』(KAエスマ文庫)が原作だ。同じKAエスマ文庫から原作が出ている『中二病でも恋がしたい!』や『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』と同様に、京アニのクオリティとアニメ向けへの大胆なアレンジを楽しめる。アニメ制作会社では異例の文庫レーベルを持ち、小説を出しつつアニメにもしていく京アニの思惑とは?
電氣の技術が発展しないまま20世紀を迎え、蒸気がエネルギーの中心になっていた日本で、「20世紀を電氣の時代にする」と息巻いていた坂本清六。弟の喜八はそんな兄に憧れ、電氣の力でできそうなことを帳面に綴って記録していた。それが「二十世紀電氣目録」。少年の夢が詰まったその目録を、なぜか清六は出征した先へと持って行き、そのまま帰って来なかった。
時は流れ、京都の街で機械修理の仕事をするようになっていた喜八のところに、兄が持ち出したはずの電氣目録が戻ってきた。酒造の娘の百川規子がなぜか持っていたそれを、三添洋輔という蒸気財閥の御曹司が規子の妹の稲子との婚約を口実に奪いに来たことから、規子が稲子に喜八のところへと届けさせた。
洋輔はどうして電氣目録を狙うのか。そこには何が書かれているのか。世の中を大きく変えることになる事態が幕を開ける。『二十世紀電氣目録-ユーレカ・エヴリカ-』は、そんなワクワクさせられる設定と、ドキドキさせてくれるボーイ・ミーツ・ガール的展開によって見る人を物語世界へと誘ってくれるTVアニメだ。
電氣目録を奪い合うアクションがあり、兄が消えてから引っ込み思案で疑り深い性格になっていた喜八が、勇気を振り絞って冒険に乗り出す成長のドラマがある。そして何より、電氣の力で成し遂げられる様々な事態への驚きがあって、次にいったいどんな発明品が繰り出されるのかといった関心に浸らせられる。
京都アニメーションという、数々の傑作アニメを送り出してきたスタジオが手がけるだけあって、そうしたアクションやキャラクターの描写が魅力に溢れている。背景美術が輪郭線を持たない印象派の絵画のようなタッチで描かれていて、蒸気で霞んだようなレトロな雰囲気を醸し出しているところもユニークだ。
そんなアニメに原作があると聞いて、KAエスマ文庫の『二十世紀電氣目録』を読み始めた人は、少し違った景色が見えてくることに驚くかもしれない。
舞台こそ同じ20世紀初頭だが、アニメとは違って史実のとおりに電力会社が立ち上がって、各地に電燈の光が灯り始めている。そうした時代に、電気ならもっといろいろなことができると思っている坂本喜八が、酒造の娘の百川稲子と知り合い、酒造問屋の御曹司の三添洋輔と政略結婚させられようとしている稲子を救うために、兄の清六が持ち出した「二十世紀電氣目録」を探して奔走する。
吹き込んだ外国語を自動的に翻訳してくれる《七番 電訳聖書》に、電気の力で水を振動させて皿や鍋の汚れを落とす《十三番 電氣ナマズ》。喜八は「電氣目録」に綴っていた人の暮らしを便利にするそうした製品を実現し、電気という新しいテクノロジーを恐れ嫌う人たちの気持ちと暮らしを変えたいと願っている。そんな喜八にだんだんと惹かれていく稲子がいて、喜八が書いた覚えがない《二十番》に秘蔵酒の造り方が書かれていると伝え聞いて、「電氣目録」を欲しがる洋輔もいて、くんずほぐれつのドタバタが繰り広げられる。
ベンチャー魂を持った若者が技術と行動力で突破していくという、わかりやすい構図を持った物語とも言える小説の『二十世紀電氣目録』を、そのまま映画にしても楽しいものになりそうだが、TVアニメとして1クール分の12話を描き切るには、要素や盛り上がりが足りないかもしれない。だから、TVアニメの『二十世紀電氣目録-ユーレカ・エヴリカ-』は、清六をどこか謎めいた存在にし、洋輔を蒸気という旧体制の権化のような立場にして、電氣で未来を切り開こうとする喜八と対峙させるミステリアスでエキサイティングな設定にしたのかもしれない。
アクションシーンが多いのも、動くアニメならではのアレンジだろう。メディアの違いを考えてのことだと言える。こうした変更を、京アニはKAエスマ文庫の作品を原作にしたTVアニメで度々行って来た。
例えば『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』。アニメでは、心を持たない少女兵として戦ったヴァイオレットが、平和になって手紙を代筆する仕事に就いて、人が手紙に込める思いをたどっていく展開を軸に、行方不明になった恩人の上官を探し求めるエピソードを添えて、心というものを育んでいくヴァイオレットが描かれる。
小説も、戦場帰りの少女が代筆屋になるという骨子は変わらないが、今も続く紛争の場にヴァイオレット自身が手紙の代筆に乗り込んでは、巨大な戦斧を軽々と振り回し、蹴りなどの体術も駆使して雇い主に迫る敵を殲滅するシーンが登場する。アニメ化にあたって、戦場しか知らない少女が平和の中で迷いながら変わっていく姿を描こうとする上で、雰囲気に合わないと除外されたのかもしれない。
虎虎『中二病でも恋がしたい!』のシリーズは、小説は元中二病の少年が高校に進学し、現役の中二病少女の面倒を見ているうちに2人の仲が近づいていくという王道ラブコメとなっていた。アニメでは、凸守早苗という長いツインテールの先に重りを入れて振り回す少女が出てきて、ビジュアル的なインパクトを醸し出した。
鳥居なごむ『境界の彼方』は、半妖夢の少年と妖夢を倒す役割を担った少女が出会い、対立から共感へと向かうストーリーがアニメでは軸になるが、シリーズ化された小説では、他の登場人物たちも絡んだ伝奇バトル的な要素が色濃くなる。おおじこうじ『ハイ☆スピード!』に至っては、競泳をする中学生の少年たちを描いた小説が、アニメ化の際にまず登場人物たちが高校生になり、『Free!』というタイトルで放送された。
こうしたアレンジも、京アニがKAエスマ文庫として原作を集めているからできることだろう。大手の出版社から漫画などの人気作品を借り、精緻にアニメ化して評判になる作品が増えているが、それではすべての権利をアニメ制作会社でハンドリングできない。京アニによるKAエスマ文庫のアニメ化は、京アニが自ら原作を開発し、アニメなりの表現を追求してクリエイティビティを高め、IPとして大きくしていく一種のエコシステムとも言える。
『二十世紀電氣目録-ユーレカ・エヴリカ-』もそんな京アニの挑戦が詰まった作品となった。KAエスマ文庫に目を転じれば、『フルメタルパニック!』の賀東招二が、月で働くレスキュー隊員を描いた『MOON FIGHTERS!』や、脚本家の吉田玲子がパブリックスクールを舞台にした出会いを描いた『草原の輝き』といった作品を刊行しており、アニメ化を期待してしまう。
6月26日には、『中二病でも恋がしたい!』の虎虎が音楽を失った国で音楽を取り戻そうと奮闘する少年を主人公にした『ファンタメロディコ・マエストロ』を出し、『二十世紀電氣目録』の結城弘もファンタジー『オーロラとサーモン』を出した。これらは京アニから出た原案や企画を元に小説化したもの。ライトノベルレーベルとしてラインナップをそろえつつ、アニメとしての企画も充実させていくプラットフォームとして、KAエスマ文庫をめぐる動きから目が離せない。