三宅香帆と橋本幸士が語る、京大の自由な知「京大×ブルーバックス」シリーズ刊行記念イベントレポート
講談社ブルーバックスと京都大学による新企画「京大×ブルーバックス」シリーズの刊行を記念し、4月26日、大垣書店イオンモール京都桂川店にてトークイベント「京大理系の世界、京大文系の世界」が開催された。
「京大×ブルーバックス」は、数々のノーベル賞受賞者を輩出し、世界トップレベルの研究を行う京都大学と、1963年に講談社が創刊した日本で最も長い歴史を持つ科学新書レーベル「ブルーバックス」が共同で立ち上げたシリーズ。京大の研究者たちが取り組む最先端の知を、一般読者にも開かれたかたちで届けていくことを目指す企画だ。
登壇したのは、京都大学文学部出身の文芸評論家・三宅香帆と、京都大学大学院理学研究科教授で、素粒子論を専門とする物理学者の橋本幸士。橋本は「京大×ブルーバックス」シリーズ第一期の中の一冊として、『ホログラフィー原理とはなにか 宇宙と素粒子を統一する最新理論』を上梓している。
対談は二人が京大を目指した理由から始まり、京大の自由な空気、ブルーバックスとの出会い、そして科学や学問を一般読者に伝えることの意味へと広がっていった。京大とはどんな場所なのか。なぜそこから、独自の研究者や書き手が生まれるのか。単なる「京大あるある」にとどまらず、京大という場所が育んできた知のあり方が浮かび上がる時間となった。
新選組とパズル――二人が京大に向かった理由
冒頭、まず語られたのは、二人が京大を目指すことになったきっかけだ。
三宅は昔から小説を読むのが好きで、高校生の頃には古典文学に面白さを感じ、国文学を学びたいと思うようになったという。さらに、京都への憧れを決定づけたのが新選組だった。司馬遼太郎の『燃えよ剣』や大河ドラマ『新選組!』に夢中になり、「大学は絶対に京都に通いたい」と思ったのだ。
一方、橋本が京大理学部に向かった背景にあったのは、パズルへの関心だった。小さい頃からパズルが好きで、高校の数学もパズルのように見えた。解ければ点数ももらえ、先生にも褒められる。これをもっと続けていきたいという思いから、京大理学部に進んだ。
しかし入学後、橋本は自分が思い描いていた数学と、数学者が実際に取り組んでいる数学との違いに気づく。
「僕はパズルを解く専門家になりたかったんですけど、数学者の人たちってパズルを作る側だったんですよ。パズルを出しているのは実は宇宙の方で、数学の作った言葉を使って『宇宙にこういうパズルがありますよ、解いてみよう』というのが物理学だった。それで僕は数学ではなく物理の道に進みました」(橋本)
『二次元の世界』から『ホログラフィー原理とはなにか』へ
今回のイベントは、「京大×ブルーバックス」シリーズの刊行記念として開催された。橋本にとって、ブルーバックスから本を出すのは今回が初めてだが、自身は中高生の頃からブルーバックスに親しんできたという。
なかでも思い出の一冊として挙げたのが、『二次元の世界: 平面の国の不思議な物語』だ。イギリスの数学者・教育者エドウィン・A・アボットによる『Flatland: A Romance of Many Dimensions』の翻訳で、二次元の世界を舞台にしたファンタジーである。
橋本が大学に入って物理を学び始めた頃、先生から「この宇宙の空間が三次元であることを、誰も説明したことがない」と聞いた。そのとき、かつて読んだ『二次元の世界』や、同じくブルーバックスの『四次元の世界』(都筑卓司)が頭によみがえったという。それが、現在の研究へ踏み込むきっかけの一つになったのではないかと振り返る。
三宅は、理系の研究者は最新の知見を中心に追っているものだと思っていたが、昔の本が最新の研究の契機になることもあるのか、と驚きを口にした。
それに対して橋本は、科学の本には数年で古くなってしまうものもある一方で、確立した理論や宇宙の見方について述べた本は古くならないと話す。『二次元の世界』も、19世紀に書かれたファンタジーでありながら、数学的な視点で世界を見る面白さをいまに伝えている。科学の知識そのものだけでなく、「ものの見方」を与える本には、時代を超える力があるのだ。
京都特有の時間感覚
本が時代を超えて読み継がれるという話は、京都という土地の時間感覚にもつながっていった。
三宅は、大学院の先生から「遠くを見た方がいい」「近視眼的になりすぎないように」とよく言われていたという。
自身が研究していた万葉集は奈良時代の歌集だが、当時の人々は、まさか1200年以上経っても読まれ続けるとは思っていなかっただろう。
現代の読者に向けて書くこと、いま評価される研究をすることはもちろん大切だ。しかし、百年後、千年後にどう読まれるかは誰にもわからない。だからこそ三宅は、いまだけを見て書くのではなく、もっと長い時間の中に自分の仕事を置く感覚を大切にしていると語った。
橋本は、京都には東京とは違う時間が流れていると語る。京都では、今の自分や目の前のことだけでなく、自分が生まれる前からあるものや、死んだ後に残るものについて話すことが、ごく自然に許されている。京大の自由な学風も、そうした京都の空気と無関係ではないのではないか。
三宅も、京都にいると、自分が歴史の一部であるという感覚を持つと応じた。歴史とは、教科書に載る大きな出来事だけではない。先人が積み重ねてきた研究や言葉に、自分が少しだけ何かを足す。そうした時間の流れの中にいる感覚がある。
研究したり、本を書いたりするには、ある程度、外の世界をシャットアウトする時間が必要になる。京都には、それが許される空気があるのかもしれない。
京大×ブルーバックスに期待すること
終盤の質疑応答では「若い頃の自分に声をかけるなら」「生活でゾクゾクする瞬間」「コスパ・タイパ重視の若者に好きなものを大事にしてもらうには」など、様々な質問が寄せられた。
最後に「京大×ブルーバックス」シリーズに期待することを聞かれると、橋本は、京大には面白い研究者がたくさんいるので、それぞれが自由に自分の世界を披露する場になってほしいと話した。さらに、京都という場所にいる人々と京大の研究者が、もっと触れ合う機会にもなればいいと期待を寄せた。
三宅は、別分野の人と触れ合いながら作る本があれば面白いのではないかと提案した。京大のよさは、何がうまくいくかわからないという前提で、みんながそれぞれに試してみる自由さにある。自分のジャンルや分野にとらわれすぎず、それぞれの美しさを求めること。そのよさが、もっと伝わっていくといいと語った。
■書誌情報
『ホログラフィー原理とはなにか 宇宙と素粒子を統一する最新理論』
著者:橋本幸士
価格:1,320円
発売日:2026年4月23日
出版社:講談社
レーベル:ブルーバックス