辻田真佐憲 × 田中孝幸が語る、平和と地政学「日本には平和の可能性を高めるポテンシャルがある」

田中孝幸『世界を解き明かす 地政学』(日経BP 日本経済新聞出版)

 田中孝幸の最新刊『世界を解き明かす 地政学』(日経BP 日本経済新聞出版)は、26万部を突破した前著『13歳からの地政学』(東洋経済新報社)の刊行から4年が経った2026年のいま読まれるべき新たな入門書である。

 全3章37トピックにコラムや参考資料がついた充実の内容で、米中露やヨーロッパ、アジアをはじめとする世界各地の重要な地政学的状況を解説。激動の情勢のなか、帯にもあるとおり、読めば「世界の解像度があがる」こと請け合いだ。また、おなじく帯にある「日本って大丈夫なの?」というわれわれにとって切実な疑問にも答えてくれる。

 地政学とはなにか、そして日本は平和のためになにができるのか――。著者の田中と、昨年刊行の『「あの戦争」は何だったのか』(講談社現代新書)が10万部を超えるベストセラーとなった評論家・近現代史研究者の辻田真佐憲による対談をお届けする。(収録日時:2026年4月28日)

「地」と「政」から考える実学

辻田真佐憲

辻田真佐憲:本の内容に入るまえに、まずタイトルに入っている「地政学」という分野について話させてください。一部の専門家は、地政学について「学問的な制度として確立されているわけではない」「エビデンスの裏付けはあるのか」と批判的に見る傾向があります。ただ、わたしはその批判は一面的だと思う。なぜなら、知のかたちにはたしかな裏付けをとるために細分化された“専門知”だけでなく、さまざまな物事を大づかみに把握する“総合知”もあり、後者も社会を回すうえでとても重要だからです。

 ひとりの人間がすべてのことを専門的に細かく把握することは原理的に不可能です。その限界のなかで、民主主義の社会では有権者たちが「このひとならだいたい信頼できる」という政治家を選び物事を進めていく必要がある。つまり、多くのひとが「世の中はだいたいこうなっている」という総合知を備えていることが良い社会を回すための前提になっているわけです。

 しかも、いまは世界情勢がかつてなく大きく動き、既存の枠組みが前提として通用しなくなった時代でもある。とくにウクライナ戦争以降、安全保障の問題はどの国にとってもより切実なものになりました。さらにトランプ政権のもとアメリカの外交も大きく変わり、戦後長らく続いてきた日米同盟のかたちだってどうすべきか議論する必要が出てきています。そこで総合知としての地政学が注目されるのは当然のことかなと思います。

田中孝幸:おっしゃるとおり、アカデミズムはそれぞれの専門領域がバシッと決められている世界です。もちろん各分野で素晴らしい専門家はたくさんいるのですが、他方で全体を見渡して一般人に分かる言葉で語りかけられるひとはすこし不足しているのではないか。一般的な知がもっと広がるべきだという問題意識は前著から一貫してあります。

 わたしなりに「地政学」を定義すると、「地」と「政」の両面から世界の先行きを見通す実学だ、ということになります。「地」というのは、自然の地形などの地理的な条件のことで、これは基本的に不変のものです。「政」というのは、そのときどきの政治状況のことで、こちらは日々変化していく。

 たとえばイラン戦争について考えましょう。2Dの地図だと分かりにくいのですが、山や平地を反映した3Dの地図で見ると、イランが簡単に陥落しないことは一目瞭然です。東西に大きな山脈があり、山を越えたらずっと砂漠が広がっているという自然の要塞のような地形で、歴史的に見ても13世紀のモンゴル帝国くらいまで遡らないと侵攻の成功例はない。他方で「政」の部分で見てみると、アメリカでは今年中間選挙があります。しかしその一方で、無茶なイラン戦争を仕掛けたトランプの支持率は落ちていっている。そこで「支持率回復のためになにかしらの成果をあげねば」と焦る気持ちが、今後の軍事行動や外交戦略に影響を与える可能性がある。このように「地」と「政」の両方が分かっていると、今後なにが起きそうかの予測や対策が立てやすくなるわけです。

辻田:そのときどきの「政」によってどの「地」に注目すべきかがつねに変わるという面もありますよね。たとえば、本のなかで紹介されていたスバウキ回廊。ロシアに隣接するバルト三国と他のNATO諸国をつなぐ唯一のルートですが、ロシアの飛び地であるカリーニングラードと同盟国のベラルーシに挟まれていて、「NATOのアキレス腱」と呼ばれている。ロシアのウクライナ侵攻のあとにあらためてここの地図を示されると、「たしかにここは重要な地点だ」となります。そういったアクチュアルなポイントがほかにもいろいろ示されている本だと思いました。

田中:スバウキ回廊の解説については、実際に現地をひらすら歩いてみた経験も生きていると思います。おおむねガランとした農村地帯で、これは攻められたらひとたまりもないなと。辻田さんはベストセラーになった『「あの戦争」は何だったのか』で、歴史を振り返るために東南アジア各国に足を運ぶ章を設けていましたよね。あの姿勢には非常に共感しました。現地の空気を全身で感じなければわからないことはたくさんあるので、わたしもなるべくいろいろなところに足を運ぶようにしています。

辻田:かつては多くのノンフィクション作家が必ず現地に取材に行っていました。そこで得た知識や経験は、もしそれを文章に直接書き込まなかったとしても、書きぶりや内容の濃さに大きく影響を与えます。実際の地形がどうなっているかの体感はもちろん、すこし電車を待っているあいだになんとなく見た人びとの様子だとか、現地のガイドとご飯を食べながらしゃべった内容といった情報も、身体に入っているか否かではぜんぜん違いますから。

「地」から見る日本のポジション

田中孝幸

田中:世界各国はもちろんのこととして、あらためて日本の「地」がどういうものかを捉えることも重要です。言うまでもなく日本は島国であり、陸上国境がない国は主要国のなかでは珍しい。日本のなかにいると意外と意識しないひとも多いかもしれませんが、国を守るうえで海に囲まれているという条件はとても貴重です。

 たとえば、最近日本でも外国人問題について議論が交わされるようになってきています。ただ、ヨーロッパの移民問題とは深刻さのレベルが違う。ヨーロッパは中東と陸続きなので、内戦があった国などの難民がどんどん入ってきてしまいます。それに対し、日本は空港で入国管理をすればいいので混乱ははるかにすくない。

 安全保障の面でも、海を超えて他の国を攻め取る作戦は古代から現代にいたるまで一貫して非常に難易度が高い。いくら軍事技術が上がっても、上陸作戦のためには大量の兵隊と物資を運び続けなければいけないという条件は変わりません。

辻田:おっしゃるとおり、歴史を見ても上陸作戦というのはつねに大変です。たとえば、第一次世界大戦でイギリス率いる連合国軍がオスマン帝国に攻め込もうとしたガリポリ上陸作戦も失敗に終わった。これは連合国側にとって大きな痛手になりました。上陸作戦を進めるためにはまず制海権と制空権を先に取っておかないといけないし、上陸自体も一挙に成功させないと相手に殲滅されてしまう。攻撃側よりも守備側のほうがはるかに有利です。

田中:なので、有事を想定しても日本の本土を守るのはそこまで難しくない。ただ他方で、南西諸島はどうかと言うと必ずしも同じことは言えません。中国と距離が近いですし、島は一度取られてしまうと奪回するのも大変です。

辻田:いま自衛隊が進めている「南西シフト」について考えるためには、そこの地理関係を分かっていないといけないですよね。すべての島に自衛隊を貼り付けることはできないので、仮に中国に攻められると上陸されてしまう可能性がある。それに対して、「そんなことをすればそちらにも大きな被害が出るぞ」ということで、たとえば熊本に長距離ミサイルを配備するなどして牽制しているわけです。

 この動きに対しては、「軍備増強ばかりしていると逆に相手を刺激して良くないのではないか」と批判する立場もあり得ます。しかしどんな意見を持つにせよ、前提条件として地理環境を把握していなければ、自衛隊の目的意識を理解することもできない。そこを飛ばすとクリアな批判をすることもできません。

田中:わたしは基本的に、戦争が起こるのは地域のパワーバランスが大きく崩れたときだと考えています。なので、平和を保つためには一定のバランスを保つことが必要になる。具体的には、中国が戦力を増強しているのであれば、こちらもある程度対応していかないとまずい。日本の政策だけを見て「軍国主義の再来だ」などと批判するひともいますが、全体のバランスを見る視点が大事だと思います。

辻田:中国に関連して言えば、この本では台湾の地政学的条件についても触れられていました。ロシアのウクライナ侵攻以降、おなじように中国が台湾に侵攻するのではないか不安視する声は高まっている。ただ、台湾の地形を実際に見てみるとかなり攻めづらいことがわかります。なぜなら、台湾島は上陸地点が少なく断崖絶壁も多いから。もし攻めるにしても、大変な準備が必要になる。

田中:そうなんです。さらに言えば、ロシアと中国では「政」の面でも中国のほうが軍事行動のハードルが高い。国内の経済成長で所得が上がり現状への満足度が上がっているのにくわえ、一人っ子政策があったことで軍人ひとりひとりの死が政権への不満につながる度合いがより高いからです。中国は社会保障が弱く、その意味でも一族が長男の稼ぎに大きく依存する体制になっている。ふつうに考えれば、中国軍が昔やったような人海戦術をとることはできません。

 ただ、「政」の部分には不確定要素もあります。いま中国では軍関係者の大規模な粛清が行われていて、なにかしら大変な権力闘争が行われていそうなことがうかがわれる。しかし、実際になにが起こっているかはあまりにも透明性が低くてわからない。対外的にもどのような動きがあるか読めないところがあります。

辻田:独裁的な権力を持つ習近平が、最終的にいつどのような決断を下すかはわからない。プーチンだって、外から見ればとても合理的とは思えない決断を下してウクライナ侵攻を始めました。その場合は抑止という発想はきかなくなってしまいます。

田中:ご存じのとおり、プーチンの場合はわれわれが考える合理性とはまったく異なる「ロシア民族」についての世界観を持っていることが侵攻の一因にあったとされます。その意味で、地政学の「政」は宗教や各国の歴史、さらには個々人の心理学といったものまで含んでいなければいけない。

辻田:独裁者だってひとりの人間であり、いろいろな専門家からアドバイスを受けつつも時間的・能力的なリソースが限られるなかで物事を決めているわけですからね。そこで発揮されるのも総合知なのだと言うこともできる。その動きを考えるためにはわれわれも相手の思考を追えなくてはいけません。すくなくとも、「どの国も専門家たちの知をもとに各政策を細かく検討して合理的な判断を下すものだ」と思い込むのは間違いのもとでしょう。

田中:おっしゃるとおりです。今回の本の記述はさまざまな国の外交官や政治家と交わした議論を基にしていますが、アジアでもヨーロッパでも国の首脳や高官はこういった地政学的なことばかり考えているんです。もうすでに始まってしまっているゲームのなかで国益をどう守るかを考えるときに、学問的な厳密さばかりは言っていられない。

辻田:言い換えれば、「最後に政治的な決断を下すのは結局のところ人間」ということです。それは民主主義国家でも権威主義国家でも変わらない。どれだけ専門知が発達しようと、さらに言えばAIがいくら発達しようと、政治における「人間」の要素はなくならない。

田中:大事なポイントですね。いまAIが発達してきたと言っても、外交についてはやはり首脳同士が会ってどんな様子だったかということに一番注目が集まる。むしろAI時代においてこそ、「ひととひとが直接会う」ことの重要さは増すのではないかという気さえします。

平和をつくるための地政学

辻田:最後にもう一度話を日本に戻しましょう。最近、高市政権のもとで戦略三文書が年内に改定されるかどうかが話題になっています。現行のものは岸田政権のときにつくられましたが、三文書のうちのひとつである国家安全保障戦略を実際に読んでみると、冒頭近くで「我が国の国益」が定義されている。その定義のなかに「自由、民主主義、基本的人権、法の支配等の普遍的価値や国際法に基づく国際秩序を擁護」という文言があるのが重要です。つまり、自由と民主主義を守ることも国益であると言っているわけです。

 それをふまえたうえで気になるのは、たとえば3月に熊本・健軍駐屯地に長距離ミサイルを配置した際、地元住民への説明が不足していたのではないかという話です。わたしは、きちんと説明したうえで配置すればいいと思う。地元のひとが協力してくれなければ駐屯地は維持できないわけですし、そもそもあまり強引に進めると極端な話、中国や北朝鮮のような権威主義と変わらなくなってしまい、「我が国の国益」に反する事態になりかねないからです。つまり、住民と政府の相互の信頼関係のもとに日本の国防をどうつくっていくかをともに考えなければ、ほんとうの意味での国防にならない。そのためにも、左派団体は結論ありきの古臭い反対運動をしている場合ではないし、他方で政府も反対運動がくる前提でコミュニケーションを閉ざすような姿勢はとるべきでない。お互いに意識を変えていくべきです。

田中:わたしも、政府は沖縄や南西諸島へのコミュニケーションをもっと工夫すべきだと思います。もし中国が攻めてきたら困るのは政府も住民もおなじなわけで、お互いに腹を割って話していかないといけない。日本の内閣は沖縄担当大臣をずっと置いているわけですが、沖縄には時々しか行かないというのもどうかなと。いろんな島を回るためにも、担当大臣は基本的に沖縄に常駐すればいいのではないかとすら思います。そういうところから住民との信頼関係をつくっていけばいいと思うんです。

辻田:最近は、たとえば官僚が石垣島に出張に行く場合なども、費用を気にして日帰りで済ませてしまうことも多いと聞きます。わたしは最低でも1泊はしたほうがいいと思う。余った時間は飲んだり遊んだりしていてもいい。防衛を担うエリートが地元住民とコミュニケーションを交わし情報網をつくることのほうが、目先の効率よりもはるかに大事なはずです。

田中:ここは、さきほど話した「ノンフィクション作家やジャーナリストは現地取材をすべき」という話とも通じますよね。実際に世のなかを動かす政策をつくるひとたちにとっても、それを裏打ちする現地での体験があるかどうかは大きいはずです。

辻田:そして、やはり「人間同士が直接会う」ことが大事だよねと。そうでなければ、どちらの側もSNSに流布しているような分かりやすい左右対立の言葉に引きずられてしまう。現実はそんなに単純ではありません。

田中:そうです。すこし話を広げると、ここまで話してきたように中国には一定の警戒をすべきだと思っていますが、他方でわたしは何度も中国に足を運んでいます。中国人の友人だっている。彼らもおなじ人間だということは変わりません。たまに中国を悪魔化して語るひとがいますが、そういうひとには「中国に行ったことはありますか?」とよく聞くんです。右か左かにかかわらず、極端な主張を言うひとは「敵」と思っている相手のことをよく知らないことが多い。

辻田:自国の政治家に対する姿勢についても近いことが言えます。たとえば、一部界隈では中国とパイプがある政治家のことを「媚中」と名指して批判する動きがありますが、あれもどうかなと。むしろ中国やロシアといった権威主義国家との関係においては、ボス同士がうまく会話することが重要になってきます。そのなかでうまい落としどころをつくることこそが政治家の役割だと理解しなければいけない。わかりやすいところで言えば、かつての田中角栄だって中国を相手にそういうことやったわけです。

 ほかにも現在のイラン情勢にひきつけて言えば、日本はイランともアメリカともイスラエルとも比較的仲が良いという、主要国のなかでは稀有なポジションにある国です。いま和平交渉の仲介はパキスタンがやっていますが、ほんとうは日本がやってもいいはず。それこそ、もし和平に貢献できればノーベル平和賞ものでしょう。もちろん簡単なことではありませんが、個人的にはそういったところでも政治家が指導力を発揮してくれればと思っています。

田中:いろいろな国で取材をしていても、日本が長く平和国家を続けてきたことに対してはそれなりに信頼を持たれていると感じます。主要国がコロコロと立場を変えるなかで、日本は比較的長期のスパンで物事を考える国だと見てもらえている。その点でも、日本には平和の可能性を高めるポテンシャルがある。いまホルムズ海峡でヨーロッパ諸国と一緒にやっている安全確保の取り組みもその一環だと思いますが、たしかにもっとできることはあるかもしれません。

 いずれにせよ、極端な立場に与せず「意見は違うところもあるけどお互い立場があるよね」となんとなくうまく収めることが平和につながる。そのためにも地政学的な思考が政治家や一般市民に広がることが大事だと思います。地政学というと「物騒な国取り合戦の学問だ」と思われることもあるのですが、おなじくらい平和のためにも使えるものなのだということは強調しておきたい。

辻田:極端な立場に与しないという点については、日本の知的環境も変わってきたという実感もあります。最近、自民党の党大会で自衛隊員が国歌を歌ったというニュースがありましたよね。あれについても「右は擁護で左は反対」という単純な構図には収まらず、言わばアップデートされた保守の側から「自衛隊は政治的中立を保たなければ活動に支障をきたすんだからしっかりしてくれよ」という声も多く聞こえた。これはいい傾向だと思います。

 そして、そういう柔軟な見方を支えるものこそが総合知なわけです。ふつうに働いているビジネスパーソンたちが地政学の知識をつければ、当然選挙結果やSNSの言論などにも影響を与える。そして、それが政治家を鍛えることにもつながる。つまり、国民の意識が変われば政治も変わっていく。

田中:おっしゃるとおりですね。わたしの願いとしては、この本に書いたような知識が国民全体にとって当たり前のものになって、「地政学」という言葉自体が要らなくなるような社会になってほしいと思っています。

■書誌情報
『世界を解き明かす 地政学』
著者:田中孝幸
価格:1,980円(税込)
発売日:2026年2月6日
出版社:日経BP 日本経済新聞出版

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