【立花もも新刊レビュー】『けんぐゎい』『幽民奇聞』『首なし晩餐』……最高の読書体験を提供する新刊3選
発売されたばかりの新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する連載企画。数多く出版されている新刊小説の中から厳選し、今読むべき注目作を紹介します。(編集部)
朝倉かすみ『けんぐゎい』(光文社)
起承転結のおもしろさなら、世の中、ドラマでも映画でも無数にあふれかえっている。それでもどうして小説を読むのかといったら、言葉の積み重ねでしか味わえない凄みを、迫力を、えもいわれぬ勘定の渦を感じたいからなのだ、ということを、改めて教えてくれたこの小説。できればあらすじなど読まずにページを開いてほしい、と思うのは、私があえて帯なども目に入れずに読み始めた結果、想像だにしない展開に心揺さぶられたからだ。
といって、何も書かないでは終わってしまうので、帯に書いてある範囲内で書く。時は江戸。主人公は、ふゆという名の娘。もとは母親譲りの美しさで、誰より賢い将来有望な娘だったが、病によりひどい痘痕(あばた)がしりたぶ以外(もちろん顔もだ)にできて「普通」の道からは外れてしまう。それでもどうにか、手習い師匠の手伝いという居場所を得るが、そこでとんでもなく心のゆがんだ存在……今でいう超ド級のサイコパスに出会い、さらに「普通」とも「幸せ」とも縁遠い道を歩み続けるしかなくなってしまう。
と、あらすじだけ書くと、それこそ普通になってしまうのが悔しいのだが、「しりたぶ」という表現も含めて、とにかく江戸言葉で進められる文体が最高なんである。落語を聞いているような、歌舞伎をみているような、壇上で繰り広げられる喜怒哀楽と理不尽にたちむかうさまが、臨場感をもってたちあらわれる。これはもう、小説にしかできない。映像化することはできるだろうし、それはそれでおもしろいだろうけれど、この読み心地は絶対に、小説でしか味わえない。タイトルの意味も、サイコパスの衝撃も、そしてふゆが切り開いていく人生の道筋も、その読み心地があるからこそ、読み終えたあとにぐっと胸に迫る。最高の読書体験が約束されているので、ぜひ読んで。
恒川光太郎『幽民奇聞』(角川書店)
こちらも半分は歴史小説。そしてラストにたどりついたとき、物語が描こうとしていたものが見えたとき、叫びたくなること必至である。
主人公の名前は鶯谷玄也。29歳の民俗学者で、キと呼ばれる明治中頃まで確かにいたはずの存在、あるいは概念のことを調べている。鬼と混同する人も多いが、どうやら別物で、集団でもあるようだ。その手掛かりを探すため、美術商をやっている高校の同級生を頼った結果、紹介されたのが松野滝次郎という、あまり有名ではない画家だった。
滝次郎が描いた、キとされるものの絵。それを一目見た瞬間から、物語は明治を迎える直前へと飛ぶ。おそらくは、戊辰戦争。新政府軍との戦いに駆り出されたタキという名の少年が、負けて焼け出されたところを助けてくれたのが、まさにそのキだった。キとは鬼か、それともキリシタンか。タキもわからぬままに身をゆだねる。その物語がいったい、現代の鶯谷とどのようにリンクするかわからず、なぜ急に時代小説……と思いながら読み進めているうち、夢中になってしまった。
滝次郎の絵だけでなく、鶯谷はキを知るために、猩々(人語を話す大猿。『もののけ姫』でアシタカやサンに石を投げていたのも猩々だ)が書いたという日記を持つ人を訪ね、実際に自分こそがキであったという人の話を聞くことにもなる。物語は少しずつつながっていき、キがいったい何者なのかを知る過程は派手ではないが、静謐に、滋味深く、心の奥底に響くものである。
櫛木理宇『首なし晩餐 スローライフ警視の事件簿』(文春文庫)
首なし、晩餐、スローライフ。まったくつながる余地のない単語が一堂に会したタイトルを見て、手にとらないわけがない。しかも作者は櫛木理宇さんだ。作品のすべてを読んでいるわけではないが、ここまでえぐるか、というほど人の残忍な本性や、その犠牲となる人たちの痛みを描き切る作家である。それが、スローライフ……。どういうことかと読み始めたら、確かに読み心地はおっとりしていた。
主人公は28歳にして署長に就任したキャリア警視・佐桐眸巳(ひとみ)。朴訥とした雰囲気もあいまって、まったく偉い人には見えず、何も知らない巡査長などに「邪魔するなよ!」と現場で叱られては、彼らを青くさせることをくりかえしている。血縁関係が若干複雑な兄姉と暮らしており、彼らもまた警察であるがために、料理上手な兄の食事を堪能しながら、いつも血なまぐさい会話をかわすのだ。
そのひとつが、タイトルにもある、首なし死体。湖のほとりで発見されたその死体をはじめ、眸巳が就任してからというもの、凄惨な殺人事件がたてつづく。文体も、眸巳本人も、始終おっとりしているが、描かれる事件の残酷非道さは、ほかの作品に劣らない。むしろ、ゆったり読み進めるぶん、事件のあまりの無慈悲さが際立っていて、よりいっそう、おそろしい。意外な事件と事件がつながったりして、最後までページを繰る手が止まらず、一気読み。ぜひとも今後、シリーズ化してほしい。