『僕たちの青春と君だけが見た謎』雨井湖音が語る創作背景「ミステリも青春も、いろいろあっていい」

 特別支援学校を舞台にした学園ミステリ『僕たちの青春はちょっとだけ特別』で、2024年にデビューを果たした雨井湖音(あまい・こおと)。今春、待望のシリーズ第2作であるが刊行された。

 日常のなかに潜む、ささやかな違和感。その小さな“謎”を追うごとに、特別支援学校に通う生徒たちの葛藤や成長が紐解かれていく。まっすぐで、ときに不器用なやりとりのなかに、青春のきらめきがふと眩しく思える瞬間もーー。

 瑞々しい心理描写とともに描かれる“新感覚のミステリ”が、どのように生まれたのか。さらなる続編にも期待が高まるなか、雨井に本シリーズの創作背景や教育現場での経験、作品に込めた思いを聞いた。

その世界にいたら“当たり前の日常”も、外から見ると“謎”になる

雨井湖音のシリーズ第一作目となる『僕たちの青春はちょっとだけ特別』(東京創元社)

ーー『東京創元社✕カクヨム 学園ミステリ大賞』で大賞を受賞されてデビューとなりましたが、あらためて当時のお気持ちから教えていただけますか?

雨井湖音(以下、雨井):もともとミステリが好きで、東京創元社ファンだったので、大好きな出版社さんで賞をいただけて、すごく嬉しかったです。同時に、「この内容で選んでいただけるんだ」という驚きも相まって、さらに好きになりました。

ーー物語は主人公・架月の視点で展開されていきます。ロッカーの荷物が混在していたり、課題用の新聞紙がなくなったり……。ともすれば、多くの人が通り過ぎてしまいそうな小さな“違和感”を見逃すことができない架月が、“謎”として向き合っていく。そんな特別支援学校という舞台ならではの謎解きが、個人的にはとても新鮮でした。

雨井:福祉関係の仕事に就いている知り合いからも、読んだ感想として「これがミステリになるんだね」なんて言われたこともありました。作中に出てくるエピソードは、その人にとってはあまりに日常的な風景だったんだと思うんですよね。でも、その世界にいると当たり前になっている出来事も、外の世界から見ると“謎”になる。そんな感覚をミステリとして描きたかったので、ちゃんとミステリとして読んでもらえたことにホッとしました。

ーー雨井先生も、特別支援学校の職員として働かれながら執筆をされているんですよね。

雨井:はい。もともと学生時代に支援学級にいる友だちと仲が良かったんですが、大人になって特別支援学校で働くことになったのは本当に偶然でした。実際に働いてみて思ったのは、ちょっと遠くて“特別”な世界に感じられるかもしれないけれど、生徒たちにとっての青春と日常がたしかにあるということでした。

届けたかったのは、特別支援学校が楽しみになるワクワク感

雨井湖音『僕たちの青春と君だけが見た謎』(東京創元社)

ーー“学園”ミステリということもあり、生徒たちのキラキラとした青春の1ページが非常に印象的でした。読みながら「こんな特別支援学校があったらいいな」と、こちらまで胸が高鳴るくらいに。

雨井:ありがとうございます。この物語を書く上で願っていたのは、特別支援学校に通う子たちが「面白い」と思える作品があったらいいな、ということでした。私自身、中学生の頃に学園ものの小説やライトノベルを読んで「高校生になったら、こんな青春が待っているんだ!」と胸を膨らませた経験があったので。

 ただ、そうした作品の舞台はどうしても“普通高校”の学校がほとんどなんですよね。だからこそ、“特別支援学校版”があってもいいのではないかと思いました。これから進学しようとしている子が読んだときに、「なんだか楽しそうだな」「早く行ってみたいな」と感じてもらえるような物語になったらと考えました。

ーー作中には『スプラトゥーン』や『ハリー・ポッター』など、お馴染みのコンテンツや人気アイドルの名前も登場して、より身近に感じられました。

雨井:実際に私が勤務している学校でも、生徒たちはそれぞれ好きなものにまっすぐなんですよ。その勢いは大人が追いつくのが難しいほど(笑)。学校がいろいろあるように、生徒たちの興味や関心も本当にさまざまであること。そうした一人ひとりの違いや豊かさも、自然と伝わればいいなと思いながら書いていました。

ーー物語の核となっている“謎”と登場人物たちのキャラクター像は、どちらが先にアイデアとして思い浮かんだのでしょうか?

雨井:先に「こういうことが起きる」というアイデアがあって、次いでその周りにいるであろう人物たちを作っていくという順でした。実際、職場で「あれ?」という“謎”にも度々遭遇するんですよね。でも、現実には架月のように丁寧に追って、解決できることはほとんどなくて。仮に拾い上げることはできたとしても、「さあ、これをどうしよう……」ってなることも少なくない。そうして、謎が謎のままで終わることも多いですね(笑)。

ーーでは、エピソードやキャラクターに特定のモデルはいないんですね。

雨井:はい。とはいえ、なるべく登場人物は「こういう子、いるよね」「いるいる!」ってなるような子が多いといいなと思っていたので、生徒たちを見守る日々のなかで気づいたことやハッとさせられた言動がアイデアの種になっていきました。特に、二作目には創作が好きな子やみんなのリーダーみたいになっている子を出そうと考えていました。なので、物語が進むにつれて、キャラクターのほうも重視していったという感じです。

ーー個人的には二作目に登場する“明星高等支援学校の「警察」”こと葉山先輩が、事件の真相を巡って架月と繰り広げる取り調べのような会話のラリーが好きでした。

雨井:葉山みたいなタイプの人って特別支援学校の外にもいないことはないと思うんですよね。強い正義感ゆえに厳しい印象が先行してしまいがちですが、みんなから頼られている“ちゃんとしてる先輩”というキャラクターとして描きたいと思っていました。

ーーそんな生徒たちを見守る先生たちも個性豊かです。執筆される上で意識されていたことはありますか?

雨井:先生と生徒たちとの関係が、明らかに“支援する人”と“される人”という形になるのは避けたいと思っていました。どちらかといえば、ライトノベルなどにも登場するような先生然としていない雰囲気を出したくて。導いていく大人ではあるけれど、どこか生徒と対等に感じられる面がある、そんな存在を描けたらと考えていました。

“特別”という言葉の向こうにある、変わらない高校生の時間

ーー生徒の恋のはじまりに大人たちがハラハラしている場面も、考えてみたら高校生“あるある”ですね。

雨井:そうですね。そういう点では世間一般的な高校生と同じなんです。友だちとぶつかって、誰かに恋をして、仲間に救われて……そういう青春が特別支援学校という場所でもあるんだっていうことを知ってもらえたらと願っています。

ーーそんな校内におけるまぶしいほどの青春の風景が紡がれる一方で、“特別支援学校”というイメージに対する社会とのギャップにもドキッとさせられました。実際に、生徒のみなさんがそういう場面で悩まれることもあるのでしょうか?

雨井:私が働いている学校では、楽しく過ごしている生徒ばかりなのですが、どちらかといえば私自身が「特別支援学校で働いています」と話したときに、相手が想像しているであろう“特別支援学校”とはかなりギャップがあることがあり、とても驚かれます。

ーー 一作目のあとがきにも「明星高等支援学校は世の中の特別支援学校を代表する形態の学校というわけではなく、あくまでも拙作でたまたま舞台になっただけの一学校」と書かれていましたね。

雨井:はい。高校にもいろいろな学校があるように、特別支援学校にも本当にさまざまな形があります。働いている私でも知らない形態の学校もまだまだあるでしょうし。なので、「特別支援学校にもいろいろある」「そこに通っている生徒たちもいろいろな子がいる」ということが、この物語で少しでも伝わってもらえたらなと思います。そして、進学を考えている子どもたちや、ご家族をはじめその周囲の方にとっても、親しみやすい選択肢のひとつになっていったらいいな、という思いも込めました。

ーー最初は架月の個人的な動きだった謎解きも、次第に「架月に頼んだら、調べて解決してくれる」と周囲から頼られるようになっていきますね。架月自身の成長と周囲との関係性を今後も見届けていきたいという気持ちです。

雨井:ありがたいことに、そう言っていただくことが多く、さらなる続編も書かせていただくことになりました。これまでは架月の視点で書いていたので、どうしても架月がメインで、“その周りにいる人”という形になっていましたが、3作目ではこれまで出てきたキャラクターたち一人ひとりをより深く掘り下げていけたらと考えています。もしかしたら、私自身が架月の視点で見逃していたこともあるかもしれないですし(笑)。

ーーそれはまた新たなミステリが生まれそうですね。同じ風景を見ていても、それぞれの登場人物が見ている“当たり前”が“謎”として立ち上がっていく予感がします。

雨井:そうなるといいなと思います。学校もいろいろあるし、青春もいろいろある。そして、ミステリもいろいろある。そんな風に、このシリーズそのものも広げていけたら嬉しいです。

■書誌情報
『僕たちの青春と君だけが見た謎』
著者:雨井湖音
価格:1,980円
発売日:2026年2月19日
出版社:東京創元社

『僕たちの青春はちょっとだけ特別』
著者:雨井湖音
価格:1,980円
発売日:2024年12月11日
出版社:東京創元社

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