【追悼】つげ義春の漫画はなぜ普遍性を獲得したのか? 「ねじ式」はじめ名作に込められた力強いメッセージ

 「ねじ式」などの前衛的な作品で知られる漫画家のつげ義春が、2026年3月3日、誤嚥性肺炎で死去した(享年88)。

 つげ義春は、1937年東京都生まれ。小学校卒業後、メッキ工場で働きながら、漫画家を志す。1955年、貸本漫画『白面夜叉』にて本格的デビュー(注・その前年から、雑誌に4コマ漫画などは発表していた)。

 その後しばらくは、児童向け雑誌「痛快ブック」などに寄稿していたが、徐々に作品の発表の場は、貸本漫画に限られていく。貸本の世界は、大手出版社の商業誌よりは制約は少ないものの、それでも、版元の求める明るく娯楽性の高い漫画と、自分の描きたい漫画(ストーリー性のない漫画や、重いテーマの漫画)の間で悩みながら、独自の作品を描き続ける。しかし、私生活上の問題や貸本産業の衰退なども重なり、やがて創作活動は行き詰まり、一作も発表できなかった年(1962年)もある。

漫画表現の革新をもたらした問題作「ねじ式」

 1965年、「ガロ」4月号に、「つげ義晴・九鬼まこと、両君至急当社に連絡乞う」(原文ママ)という一行広告が掲載。これによって、ようやく自由に漫画を描くことのできる場を得たつげは、同誌にて、「沼」、「チーコ」、「山椒魚」、「李さん一家」、「紅い花」といった傑作を次々と発表。とりわけ、1968年発表の「ねじ式」(「ガロ」本誌ではなく、つげを特集した増刊号掲載)の前衛的な表現は、漫画界のみならず、当時のサブカルチャー界全体に強烈なインパクトを与えた。

 どちらかといえば、不遇な時代の長かった作家ではあったが、実はその前年――1967年頃から、評論家や漫画ファンの間でつげの評価は徐々に高まっており、以後は、繰り返し、作品集、選集、文庫などが刊行される人気作家(漫画家)となっていった。なお、1987年頃、実質的につげは漫画家を引退しているのだが、いまにいたるまで彼が常に“現役感”を保ち続けられているのは、こうした作品集や文庫(あるいは、雑誌の特集号やムック)などが、現役時代/引退後を問わず、内容を重複させながらも、コンスタンスに企画・刊行され続けているからだろう(同じような形でいまなお広く読まれている作家に、手塚治虫や水木しげる、藤子・F・不二雄などがいるが、多作な手塚らに比べ、はるかに寡作なつげは、破格の存在だといっていいだろう)。

前衛的でありながら普遍的な魅力を持った作品

 さて、私はここまで、つげ義春の作品を「前衛的」、「ストーリー性がない」という風に書いてきたが、あらためていうまでもなく、それだけでは、先に述べたように、広く、長く読まれる作家にはなりえないだろう。

 それでは、なぜ、つげの漫画が普遍的なものになったのかといえば、それは、ひとえに彼の作品の多くが、時代を越えて、誰の心にも響く「懐かしさ」を秘めているからではないだろうか。

 たとえば、1968年発表の「ゲンセンカン主人」に、こんなセリフが出てくる。

 「だけど不思議だなァ ぼくはずっと以前から この町を知っていたような そんな親しみを覚えてならないな」

 これなどは、まさに、作者本人による「自作解説」のようにしか私には思えないが、要するにこの、「ずっと以前から知っていたような親しみ」こそが、つげの漫画を初めて読んだときに感じる「懐かしさ」なのだといっていいだろう。

 前述のように、つげが漫画を精力的に発表していた時期は、そのまま日本が高度経済成長期を経て、バブル期へと突入していた時代と重なる。しかし、そんな“明るい”時代に彼が好んで描いたのは、私小説的・詩的な表現を交えた、土着的・民俗的な物語や、悪夢や無意識を主題とした、シュルレアリスティックな世界だった。

 このことが、つまり、多くの人々の心の底にある根源的な“何か”をくすぐるようなテーマ(モチーフ)選びが、彼の前衛的な漫画の数々を普遍的なものにした。そして、人間の絶望や不安を描きながらも、“それでも人は生きていく”という力強いメッセージを繰り返し伝えていた。

 だから、つげ義春の漫画は、一見不条理で難解だと思われながら、じっさいに読んでみると、「わかる」し、「面白い」のだ(これが、「ねじ式」以降、大量に生み出された「つげ義春のコピー」と、つげ本人が異なる最大の点だ)。

 いずれにせよ、先に挙げたレジェンド級の漫画家たちの作品――手塚作品も水木作品も藤子作品も、100年後も読まれ続けているとは思うが、仮にそうならなかったとしても、つげ義春の作品だけは、いまと変わらず、国境や世代を越えて、広く読まれ続けているように私は思う。

 つげ義春先生のご冥福を、心からお祈りいたします。

参考:「つげ義春年譜」(The Editorial Department Inc.「spectator」2018 Vol.41掲載)

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