伝説のエンジニア・中島聡が考える、AI失業時代の先にある課題「価値観はテクノロジーによって容易に変化させられる」

中島聡『2034 未来予測――AIのいる明日』(徳間書店)

 Windows 95の基本設計を手がけたエンジニアとして知られる中島聡氏が『2034 未来予測――AIのいる明日』(徳間書店。以下、本書)を上梓した。その名の通り、本書はAIが隅々に普及した2034年の社会を未来予測している。

 注目すべきは、その形式だ。本書は5つのSF短編小説とそれぞれに対応する解説文で構成されている。なぜ未来予測に「小説」という形式を採用したのか。その背景には、中島氏の「未来予測よりも大切なことは「私たちが未来をどう生きるか」です」という思いが込められていた。「伝説のエンジニア」による、AI時代の「君たちはどう生きるか」をお届けする。

未来について考えることは「市民としての義務」

中島聡

――本書は、AIが社会に浸透した2034年におけるビジネスや生活、政治、戦争などをSF小説の形で未来予測しています。昨今、「未来予測本」は少なくありませんが、小説の形式を採った理由は何だったのでしょうか。

中島聡氏(以下、中島):私自身が抽象的な未来予測本を読みたいと思えなかったのが大きいですね。AIの進化の展望については、多くの開発者やエンジニアがすでに文章を書いています。また、論者によって多少の差異はありますが、これから5~ 10年の間にAIがどのように進化するかは、有識者の間では見通しがついています。私がAIそのものの未来予測をしても、それほど目新しさはないでしょう。

 それならば、「AIによって社会や人間はどう変わるのか」という一歩先の話を書きたいと思いました。私は子供の頃からアイザック・アシモフやアーサー・C・クラークなどのSF小説を愛読していました。彼らの作品は一級品のエンターテイメントであると同時に、未来社会への洞察や提言に満ちています。今後、AIの進化とともに暮らしや働き方が変わらざるを得ないのは確実ですから、今を生きる人々に、SF小説の形で私なりのメッセージを届けたいと思いました。

――本書は単なる未来予測ではなく、中島さんからの未来への提言でもあると。

中島:例えば、自動運転は近い将来、確実に普及します。それはテスラのFSD(Full Self-Driving。自動運転支援システム)による自動運転を体験すれば、誰もが理解するはずです。自動運転が普及すれば、人間による運転は「危険行為」と見なされるでしょうし、運転を伴う仕事や自動車保険のビジネスモデルにも影響を及ぼすでしょう。こうした確実な未来に向けて、今のうちから生き方を見直すのは当然ではないでしょうか。

――本書には、AIの進化により人間の「生きがい」や「死生観」が変化するストーリーも収録されていますね。

中島:「AIでホワイトカラーの8割の仕事は代替できる」と巷間よく言われていますね。その未来も遠くないうちに到来するでしょう。では、仕事が奪われた人々を政治や社会はどのように支えていくのか。ユニバーサルインカム(政府による全国民に対する生活保障給付金)のような制度も取り沙汰されていますが、労働は人間の生きがいでもあるので、所得保障だけでは政策として不十分です。AIの進化した社会では、人間の生きがいをどのように支えていくかも社会的な重大事になります。その一つの形を、本書第5章の『ユートピア』という短編で提示しました。

 このように、AIの進化は、生活やビジネスを変えるだけでなく、私たちの生き方や価値観を変え、ついには社会の形を変えます。その意味では、未来について考えるのは私たちの「義務」といっても過言ではありません。現在の社会や政治について考えることは、一市民としての半ば義務のようなものですよね。確実に到来する未来について考えることも、それと同様だと思うわけです。

――AIの進化については「○○年までにAIが人類を超える」といったセンセーショナルな話題が耳目を集めがちです。しかし、重要なのは「その先」であると。

中島:おっしゃる通りです。私は「○○年までにAIが人類を超える」といった議論は本質的ではないし、あまり重要ではないと思っています。AGI(人工汎用知能)と呼ぼうと、ASI(人工超知能)と呼ぼうと、いずれAIが人間の知能を凌駕するという点では変わりません。その逆転が何年に起ころうと、大半の人々の人生に与える影響は誤差のようなものです。

 それよりも大切なのは、来るべき未来を見越して、備えることでしょう。働くなくてもよい社会において、私たちは生きがいをどのように見つけるか。経営者ならば、AIで生産性が極限まで高まった社会で会社をどのように存続させるか。政治家や官僚ならば、AI時代に安定した社会をどのように維持するのか。そうした準備を今のうちに整えておくべきなのです。

大企業の雇い控えは「炭鉱のカナリア」

――「働かなくてもよい社会」と言えば、先日から大手企業各社が新卒採用を抑制する動きが報じられています。「人手不足」が叫ばれたここ数年から、異例の転換です。

中島:明らかに「AI失業時代」の前触れでしょう。日本は解雇規制が厳しいため、人員削減の影響が新卒採用の雇い控えとしてまず現れるわけです。それは当然の成り行きで、アメリカではすでに幅広い業種に影響が及んでいます。

 言い換えると、これは「炭鉱のカナリア」ですね。新卒採用の抑制は前兆でしかなく、今後、ITや金融など多くの業界で人員削減が進むでしょう。現時点でもAIは大卒レベルの知能を有しているので、PCの前に座って全ての仕事が完結する職種のほとんどは代替可能です。コロナ禍にはリモートワークが広く普及しましたが、今なお在宅勤務を続けているのであれば、自分が今まさにAIに置き換えられる運命にあることを自覚したほうがよいと思いますね。

――本書では、AI失業時代の後に到来する社会を「正解なき世界」と表現していますね。

中島:従来の社会では、受験戦争を勝ち残って一流企業に就職し定年まで安定して働くことが「正解」だったわけです。しかし、そのモデルケースはこの先、確実に崩壊します。多くの人の仕事が失われてしまうわけですから。まさに「正解なき社会」です。

 それにもかかわらず、社会のシステムや人々の価値観はなかなか更新されない。こちらのほうが問題だと思いますね。旧来的な正解に囚われて、我が子を受験勉強の勝者にしようと幼い頃から塾通いをさせたり、「小学校に上がるまでに九九を覚えさせないと」と汲々とする親御さんが今も後を絶たないわけでしょう。これからは自分なりの生き方を自らの手で見つけ出さなければいけないのに、賞味期限の切れた正解を子供に押し付けても仕方ないはずです。

――本書第5章の短編小説『ユートピア』は、AIに仕事が奪われた社会で、メタバース空間のゲームを生きがいにする青年の話ですね。

中島:社会的なコンセンサスの取れた正解が失われるのだとしたら、私たち一人ひとりが自分なりの正解を見つけて、日々を充実させるしかありません。未来は、そうした「多様な生きがい」が共存する社会であるべきです。その一つの形として、メタバース空間のゲームのなかに生きがいを見出す人がいてもいいのかもしれない。そんな思いを『ユートピア』のストーリーには込めました。

――しかし、そのゲームが政府によって画策された社会統治システムであったことが物語の最後に明かされます。

中島:そこには少し皮肉を込めています。メタバースやゲームという形ではないにせよ、政府の政策や宣伝によって社会が誘導されるのは世の常です。なぜ今、ホワイトカラーがこれほど余っているのかといえば、戦後に政府が産業構造を改革するために第一次・第二次産業から第三次産業へと労働人口を移行させたからです。1950年代から1970年代の高度経済成長期に「金の卵」として農村部から都市部へと移動した人々がその典型例ですね。

 その先例を踏まえると、AI失業時代にも政府が何らかの国策を打っても不思議ではありません。働き口を失って生きがいを見失っている人々に、擬似的な生きがいを提供するような政策です。

 それが杞憂であることを私は願いますが、人間は必ずしも主体的には行動できない面があります。「LINEの既読が付いたら即座に返信しないと不安」という価値観は、今や若者を中心に広く浸透しています。こうした価値観はLINEというテクノロジーがなければ存在しなかったはずです。

 つまり、人間の価値観はテクノロジーによって容易に変化させられる。「メタバースに生きがいを見出すなんてバカな」と思っていても、その環境が人間の価値観そのものを変えてしまうかもしれません。だからこそ、そうした時代が到来する前に、自分なりの生きがいを考え直す必要があると思うわけです。

AI時代のエンジニアは「平和」に貢献すべき

中島聡

――本書第4章の「僕たちの聖戦」はAIの進化が戦争の形すら変えてしまう物語です。アメリカによるイラン攻撃が世界情勢を緊迫させるなかで、象徴的なストーリーでした。

中島:アメリカのイラン攻撃においてもテクノロジーが大きな存在感を示しています。一部報道によれば、イランが一体につき2万ドル(約315万円)で生産している攻撃用ドローンを破壊するために、アメリカは一機につき400万ドル(約6億3,000万円)のミサイルを使用していると言います。この点だけ取り出せば、アメリカよりもイランのほうが戦況で優位に立っている。イラン攻撃は泥沼化も予想されていますが、国力で圧倒的に劣るイランが抵抗を続けられる背景には、テクノロジーの存在があるわけです。(参考:2万ドルの無人機を400万ドル使い迎撃-イランの安価な攻撃で消耗戦に/Bloomberg

――しかし、「僕たちの聖戦」では、AIが戦争のない世界を築く未来を描いていますね。

中島:正直なことを言えば、そこには私自身の願望が反映されています。核兵器やドローン兵器の制御プログラムがオープンソース(無償公開)になれば、世界中の国々の防衛力が均衡し、容易には戦争が起こせなくなるはずです。そうした社会を築くために、エンジニアが果たす役割もあるのではないかという思いを「僕たちの聖戦」には込めました。

――AI時代には政治家や官僚だけでなく、エンジニアも世界平和に貢献すべきだと。

中島:そう思います。実際に、LLMの「Claude(クロード)」を開発した米アンソロピック社は自社の技術が軍事利用されることに反対し、米政府との訴訟にも発展しています。現在は軍事においてもAIの活用が欠かせませんから、エンジニアも戦争や平和について考えなければいけないはずです。(参考:アンソロピック、米国防総省の要求を拒否 AI軍事利用巡り/日本経済新聞

――米国に比べると、日本では政治や安全保障に発言するエンジニアは少ない印象です。

中島:文化的な差異はあるように思いますね。エンジニアに限らず、アメリカでは芸能人や経営者が政治について積極的に発言して、社会的なムーブメントに発展する例が珍しくありません。それに対して、日本では「お上には逆らうな」といった同調圧力がどうにも根強い。

 私は東日本大震災の原発事故が発生した頃に、自らのブログで政府や東京電力を明確に批判し、積極的に意見を発信していました。すると、「エンジニアが専門外のことに口を出すな」という反論のコメントが山のように寄せられる。極めて日本的な反応だと思いました。

 社会に甚大な影響を与え得る重要な出来事は、誰もが自分事として考えなければいけないはずです。そこには「専門外」や「素人」といった区別はない。むしろ、世の中には専門家に任せっきりだったばかりに発生した重大な事件や事故が少なくないです。

――期せずして本書のテーマと関わるお話になりました。やはり「一人ひとりが考えなければいけない」のだと。

中島:その通りです。現在の政治や社会と同様に、未来のあり方を決めるのも私たち自身です。読者の皆さんには、選挙で投票先を決めるように、未来の社会について想像を膨らませてほしいと思っています。そして、思い描いた未来に向けて、自分なりの生き方や考えを見定めてほしいです。それこそが、将来の出来事を予想するだけの安直な未来予測よりも大切なことなのだと思います。

■書誌情報
『2034 未来予測――AIのいる明日』
著者:中島聡
価格:1,870円
発売日:2026年2月27日
出版社:徳間書店

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