藤澤仁が「ドラクエ」のディレクターを辞めて挑んだものは? 第四境界著の“体験型”小説『人の財布』トークイベントレポ
『人の財布』『かがみの特殊少年更生施設』など、仮想と現実のあいだに物語を紡ぎ出すクリエイター集団、第四境界。ARG(代替現実ゲーム)のトップクリエイターとして、近年注目されている。ARGとは、現実とフィクションの間を行き来するような体験型の物語であり、第四境界がこれまで数多くの作品を制作してきたジャンルである。
そんな彼らの総監督である藤澤仁(ふじさわじん)が、この度小説版『人の財布〜高橋朋子の場合〜』(双葉社)を刊行したことを記念に、書泉ブックタワーにて発売記念トークイベントが催された。
【写真】ファン自作の「情報漏洩して♡」うちわと共に撮影する藤澤仁
黒のテーラードジャケット姿で現れた藤澤。まずこれまで手がけてきたARGについて、その形式ゆえに「体験しなければ物語に触れられない」という制約があることにもどかしさを感じていたと語る。「この物語がARGでしか見られないのはもったいない」という思いが常にあり、体験性を伴わない形でも広く届けたいという意識があったという。
そうした中で、双葉社から「物語として小説化してみないか」という提案を受けた。複数のプロジェクトを並行して進める多忙な状況ではあったが、「今後さまざまな小説が展開されていくであろう中、最初の一作は自分自身で書きたい」という思いから、自ら執筆を引き受けたと振り返る。
執筆環境は「缶詰状態」だったことも明かした。複数作品の監督を務めているため、日々大量のチェック業務が発生し、一度他作品に意識が移ると、執筆中の作品に戻るのが難しくなるという。そのため「一度仕事を止める必要があった」とし、当初は真夏だったこともあって知床にホテルを借りて書き上げる計画を立てていた。
しかし、実際は移動時間が惜しいと判断。最終的には事務所にこもる形を選択し、2週間集中して執筆を行った。今回の小説は著者として藤澤の名前がクレジットされているが「実感としては第四境界のメンバー総出で作り上げた作品に近い」と語り、チームでの制作意識の強さを強調した。
事実、本作には写真やWebサイトといった現実に存在するものを画像として掲載しており、物語への没入感を高めている。それらの制作は第四境界総出で行っていたのだ。
改めて第四境界の原点について問われると、「どこが始まりかは一概には言えない」と前置きしつつも、自身にとっての転機はARG版の『人の財布』だったと語る。それ以前にも複数のARG作品を手がけてきたが、『人の財布』はこれまでとは明らかに異なる反響を得たという。
「ARGという表現は面白いし、もっと多くの人に届くはずだと思っていたが、その届け方が分からなかった」と振り返る藤澤。試行錯誤の中で『人の財布』が広く受け入れられたことで、「ARGはこうやって届けられるのか」という手応えを初めて得たと語った。
今回の小説については、ARG版との直接的なストーリーのつながりはないと明言する。ただし「同じ発想を起点にした作品」である点は共通しており、体験型ではない小説だからこそ可能になるダイナミックな展開を意識して執筆したという。同じ起点から、これほど異なる物語が生まれるという点も含めて楽しんでほしいと述べた。
第四境界の今後についても触れ、「詳細はまだ言えないことが多い」としつつも、複数のIPとのコラボレーションが進行していることを明かした。その一例として『ドラゴンクエストX』とのコラボが発表されたばかりであることに言及。
ドラゴンクエストX 公式 X(@DQ_X)より
同作は藤澤自身が初代ディレクターを務めたタイトルでもあり、「自分が関わった作品同士が交わる不思議な体験」「ネットでは藤澤仁×藤澤仁だなんて書かれてる(笑)」と語り、感慨深い様子を見せた。
オリジナル作品の制作も並行して進行中であり、「比較的近いうちにさまざまな発表ができるはず」と今後の展開に期待を持たせた。
質疑応答では、ARGを始めたきっかけについての質問が寄せられた。
藤澤は、長年ディレクターとして関わってきた「ドラゴンクエスト」シリーズついて、名前を自由に設定できる・言葉を喋らないといった点から「主人公=プレイヤー」という設計思想が重視されていると説明。しかしそれでも「実際の自分が物語の主人公になるわけではない」という限界があったと明かした。
この点をさらに突き詰め、「現実に生きる自分自身が物語に巻き込まれる体験は可能か」という問いから、ARGという形式にたどり着いたという。「異世界ではなく、現実の東京に生きる自分が主人公になる物語」を実現する手段として、ARGは極めて有効だったと語った。
活動初期には、工事現場の仮囲いに小説を掲示するといった実験的なアイデアも検討していたというが、『人の財布』というコンセプトに行き着いたことで、「現実の中に物語を埋め込む」手法が大きく広がったと振り返る。
安定したキャリアを手放して新たな挑戦に踏み出した理由についても質問が及ぶと、藤澤は堀井雄二の存在を挙げた。『ドラゴンクエスト』の生みの親である堀井は、かつて一部の愛好家向けだったロールプレイングゲームを、誰もが楽しめる形へと翻訳した人物であり、自身の師匠でもあると説明。その功績に強い憧れを抱いていたという。
「同じように新しい表現を世の中に広げたい」と考えたとき、既存の枠組みの中に留まるだけでは実現できないと判断し、挑戦する決断に至ったそう。当時は「ここがキャリアのピークを過ぎるかもしれない」と不安も感じていたと率直に語る。しかし結果として、ARGという分野で新たな評価を得ることにつながった。「自分たちが作ったというより、ユーザーに発見され育ててもらった」という認識を示し、現在の状況への感謝を述べた。
スクウェア・エニックスでの安定したキャリアから一転、ARGに賭けた彼のチャレンジや工夫が垣間見れた会となった。ビデオゲーム、ARG、小説と、さまざまなクリエイティブを発揮する藤澤仁の今後にますます期待がかかる。
「リアルサウンド ブック」では、イベント後に藤澤へインタビューを行った。近日公開予定。
■書誌情報
『人の財布~高畑朋子の場合~』
著者:第四境界
価格:1,430円(税込)
発売日:2026年3月18日
出版社:双葉社