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「自分たちは被害者だ」という思いが暴力を生むーーベストセラー『新書 世界現代史』を読む

 3月12日のAmazon売れ筋ランキング「本」部門で69位にランクインしていたのが、共同通信社の国際ジャーナリストである川北省吾氏の著書『新書 世界現代史 なぜ「力こそ正義」はよみがえったのか』(講談社現代新書)である。昨年12月に発売された本だが、昨今の国際情勢を受けてランクインしたものと思われる。

なぜ世界は混迷を深めるのか? そんな疑問に答える新書

 ここしばらく、ニュースを見ては気が滅入る日ばかりである。イスラエルとアメリカによるイランへの攻撃、5年続いても一向に終わる気配がないウクライナでの戦争、もはや一方的な虐殺にしか見えないガザでの戦闘、ず〜っときな臭い台湾や東シナ海……。「なんでこんなことになっちゃったんだろう?」と、ふと疑問に思うことはないだろうか。その疑問に答える新書として、『新書 世界現代史』はうってつけである。

 本書は共同通信社が2022年3月から2025年4月にかけて配信し、加盟新聞社に掲載された国際インタビュー「レコンキスタの時代」を全面改訂し、書籍用に書き下ろしたものだ。著者の川北氏は共同通信の特派員としてブリュッセル、ジュネーブ、イラク、ニューヨーク、ワシントンD.Cでの取材経験をもつジャーナリストで、本書では元NATO事務総長、外交官、政治家、研究者から白人至上主義者、極右政治家に至るまで、幅広い人々にインタビューを敢行。その取材結果を組み合わせ、現代の国際情勢に至るまでの道筋を描き出している。

 本書が扱うのは、冷戦終結前後から現代に至るまでの、およそ40年ほどの時代だ。冷戦の勝利に驕る西側、わけても世界の一極支配を成し遂げたアメリカの鈍感さに端を発し、その支配が同時多発テロ以降綻び始め、それと前後してロシアと中国、さらに南半球各国が台頭してきた動きを「なぜそうなったのか」を解説しながら描く。ターニングポイントとして本書が設定しているのが、プーチンが大統領に返り咲き、習近平が中国の最高指導者となった2012年、そしてオバマ大統領がシリア内戦の収拾を見送り「世界の警察官」の立場を降りた2013年だ。この時期に世界情勢が決定的に変化し、今の我々がその延長上にいることが、取材をもとに綴られている。

 さらにその変化の背景として、ヨーロッパやアメリカの白人が移民に対して感じている焦燥感、インターネットやSNS上でのコミュニケーションと大国(主にロシア)が仕掛ける情報工作、国連安保理の機能不全、そして民族の純潔とアイデンティティにこだわる伝統主義の台頭といったトピックを解説する。これだけ書くとなんだか難しそうだが、もとが新聞記事だっただけあって基本的には平易な文体で書かれており、わからない人名や単語を適宜検索すれば、おそらく中学・高校生くらいでも読めるはずだ。

権力の台頭は「失地回復」がキーワード

 上記のトピックを横糸とすれば、本書の縦糸は「レコンキスタ」である。元々はイスラム国家に占領されたスペインのイベリア半島をキリスト教勢力が奪い返した抗争のことを指す単語だが、現在では「失地回復」というニュアンスで使われる言い回しだ。本書によれば、プーチンのロシアも習近平の中国も、そしてトランプのアメリカも皆「失地回復」を原動力として動いているという。

 ロシアは冷戦に敗北して国家的アイデンティティを喪失し、その指導者となったプーチンは大国への復帰を目指して一度はアメリカと協調姿勢を取ろうとしたものの、イラク戦争をきっかけに国際協調から「大ロシア再興」へと舵を切った。中国はアヘン戦争以来の「百年国恥」から経済大国へとのしあがり、共産党幹部の息子として生まれながら文革時代に辛酸を舐めた習近平は、再び中国を大国の座に押し上げようとしている。

 本書によれば、トランプが大統領になったのも、アメリカに住む白人労働者階級の没落を大きな原因としている。冷戦の覇者であるアメリカは自由主義陣営のリーダーとして振る舞い、同時多発テロ以降はアフガニスタンやイラクで対外戦争に邁進。その一方でグローバル化によって国内では産業の空洞化が続き、一部の富裕層に富が集中。取り残された人々による「下から上」への攻撃として、トランプ大統領が生まれたという。あの大統領には、アメリカ国民の「何が原因でこうなったのかよくわからないが、とにかく失地を回復したい」という気持ちが込められているのだ。

被害者意識が暴力につながる

 本書を読んでいて印象に残ったのは、人間の被害者感情がいかに厄介なものであるかだ。本書によれば、今のところ全世界を覆っている巨大なトラブルの根源は、どうやら人々の「我々は被害者だ」という意識に帰結するらしい。ロシアは冷戦に勝利した西側の驕りの被害者であり、中国は100年にわたって列強や日本から被害を受けており、トランプは従来の政治エリートに対する被害感情から生まれた。ヨーロッパやアメリカに住む白人は続々と「白人の国」にやってくる移民の被害者だと思っており、従来型の伝統主義を信じる人は「自由の意味を履き違えたリベラル」からの被害に遭っていると思っている。自分が被害者である以上正義はこちらにあり、やられたらやり返さねばならない。先に殴ってきたのが向こうならば、やり返すために何をしても許されるはずだ。

 そういった意見がインターネットを通じて拡散され増幅され、それによって煽られた人々がさらに被害者意識を持ち、「レコンキスタ」のためにさらに国際社会は混乱する。誰もが被害者になりたがり、手っ取り早く見つけた相手をターゲットとして攻撃を仕掛ける。このループを抜け出す方法は、残念ながら本書にも書かれていない。

 この被害者感情と「レコンキスタ」をフックにした過激な意見は、日本でもよく見られるようになった。外国人が増えることで治安が悪くなったとか、「オールドメディア」が国民を操ろうとしているといった論調は基本的に「自分たちは被害者であり、失ったものは取り戻さねばならない」という気持ちをキーにしている。そういった意見がSNSなどでよく見られるようになってしまった現在、本書を「被害者感情ドリブンな言説へのワクチン」として読んでおくのはひとつの対処法かもしれない。

 読んでいて重苦しい気分になるような本だったが、今このタイミングで読んでおいてよかったとも思う。本当に本当に難しい問題ではあるが、まずは自分とそのまわりの人々だけでも被害者感情に飲み込まれないよう注意したいし、草の根レベルでそうしていくことでちょっとでも世の中がマシになると信じたい……と思わせられる一冊だった。

■書誌情報
『新書 世界現代史 なぜ「力こそ正義」はよみがえったのか』
著者:川北省吾
価格:1,320円
発売日:2025年12月25日
出版社:講談社
レーベル:講談社現代新書

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