慢性的な不調を綴った話題のエッセイ『虚弱に生きる』ーー著者に聞く、反響で気づいた意識の変化

 体力がなく疲れやすく、すぐ横になりたくなる。病名や原因もはっきりしないまま、慢性的な不調が続く。そんな日々を送ってきた著者が、自身の経験を率直に綴ったエッセイ集『虚弱に生きる』(扶桑社)が刊行され、累計2万3000部となるほどのヒット作となっている。なぜ「虚弱」であることについて書こうと思ったのか。同じように体の不調を抱える人に対して、どのようなことを伝えたいのか。著者の絶対に終電を逃さない女氏にじっくり話を聞いた。

「虚弱」をテーマに執筆した理由

ーー「絶対に終電を逃さない女」というペンネームは、どのような経緯でつけたのでしょう。

終電:大学2年生の頃、よく遊んでいた男性の大学の先輩がいて、その人がいつも終電を逃していたんです。この人は絶対に終電を逃す男だなと思って、じゃ私は絶対に終電を逃さない女になろうと思いました。なろうというか、もともと終電を逃したことはほとんどなかったんですけど。とにかく「私はこの人の逆だな」と思いました。パッと思いついて、その場でTwitterの名前を変えたんです。その後はペンネームにもなって、今にいたっています。

ーーどういう意味やニュアンスがあるでしょうか。

終電:大学生って結構終電を逃すじゃないですか。飲み会で「もう終電だから帰るわ」と言いながら、うっかり終電を逃すような人がいっぱいる。でも「本当に逃したくなかったら逃さないでしょ」と思っていました。そういう茶番に対するカウンターというか。ただ今はそういう人の気持ちも想像できるようになってきたんですけど。

ーー今回の本のテーマと繋げると「虚弱」であるから、朝まではきついということもあるでしょうか。

終電:それはありましたね。ちゃんと家で寝たいんですよね。もともと朝型なので、夜はきちんと寝たいというのが大前提でした。

ーー「虚弱」をテーマに執筆した経緯を教えてください。

終電:最初は、Twitterで毎日の不調や体力のなさについて嘆いていました。それを見たライターのヒオカさんという方が「私も同じような虚弱体質なので、虚弱体質対談をやりましょう」とお声がけくださって。それまで私は「虚弱」という言葉を使ったことはありませんでした。自分が虚弱なのかどうか、正直よくわからなかったんですけど、対談はしてみたいなと思ったんです。そして「mi-mollet(ミモレ)」で対談記事が公開されると、思った以上に反響がありました。その反応を見た「現代ビジネス」編集部から「エッセイを書いてみませんか」と声をかけていただいて、書いてみることになりました。

ーーその記事がさらにバズったと。どういう感想が多かったでしょう。

終電:一番多かったのは共感の声でした。あとは「ここまで虚弱ではないけれど、体力があるほうではないから、フルタイムで働くのがしんどい。平均以上に体力がある人じゃないと、余裕を持って生活できないですよね」というような反応もありましたね。そういう反響が広がって、書籍のお声がけをいただきました。

ーーご自身では「虚弱」だと感じることはなかったのでしょうか。

終電:「虚弱」という言葉に対しては、たとえば、急に倒れてしまうとか、いろいろな病気にかかりやすいとか、そういう印象がありました。だから以前は自分では使ってはいなかったですね。

 私自身は、特に大学に入ってから「なんだか時間がないな」と思っていました。みんなと比べて特別活動量が多いわけでもないのに、気づいたら時間が過ぎていて、体感的にすごく忙しいんです。大学2年までは、今ほど体の不調があったわけではなくて、ただ単純に体力がなかったんだと思います。常に疲れている状態でした。でも当時は自分が疲れていることにも、体力がないことにも、気がついていませんでした。

ーーどんな学生生活を送っていたんですか。

終電:授業は一応、みんなと同じくらいの数を取っていて、出席もしていました。ただ授業中はほとんど寝ていました。音楽系のサークルに週に1回くらい行っていましたが、部室でダラダラ喋っているだけで。あとはライターのバイトを週1回だけしていました。それ以外は、家でTwitterを見て寝ているだけ、という生活でした。

ーーいつも疲れている状態だったんですね。

終電:大学時代は、家に帰ると動けなかったんですよね。座り込んで、とりあえずTwitterを見ていました。自炊もできなくて、帰りにスーパーで惣菜を買って、家で米だけ炊いてダラダラ食べていました。今思うと、食べる体力すら残っていなかったんだと思います。食事をすること自体に疲れていました。お風呂も、大学やバイトのある前日はなんとか入っていましたが、それ以外は面倒で入ってなかったです。当時は怠けているだけだと思っていましたね。

ーー就職についてはどう考えていましたか。

終電:普通に就職して、安定した収入を得たいなと思っていました。子どもの頃から不安になりやすいという自覚があったので、安定した収入があるほうがメンタルも安定するだろうなと思っていて。ただ、就活そのものへの不安が強くありました。就活サイトに登録したんですけど、そのメールの通知が来るだけで動悸がするようになりました。大学3年で21歳のときです。

 その時期から、いろいろなところの体調が悪くなっていきました。自律神経がおかしくなっていて、一日中、体がそわそわしているような感じがありました。睡眠時間が12時間くらいになったかと思えば、そこから今度は入眠がうまくできなくなり、朝方まで眠れないようなことが続きました。お腹が痛いことも多かったですし、体が凝りすぎて背中や肩、首がずっと痛かったです。ご飯を食べると、吐き気がしたり、発熱したりすることもありました。蕁麻疹が出て、原因のわからない発熱も続きました。一つの大きな不調があるというよりは、小さな不調がいくつも重なっているような感じでした。さすがにこれはまずいなと思って、とりあえず就活をやめました。

社会で「虚弱」に生きる人へ

ーー大学卒業後はどうだったのでしょう。

終電:大学を卒業して1年目くらいから、希死念慮が出るようになりました。横断歩道を渡っているときに、走ってくる車を見てそこに飛び込むことを想像してしまうなど、ふとした瞬間に「死にたいな」と思うことが増えていきました。21〜23歳くらいは、ほとんど眠れませんでした。メンタルはその頃が一番調子が悪かったと思います。子どもの頃からネガティブではあったものの、20代前半の頃が一番ひどかったですね。何に対しても不安でした。仕事も不安でなかなか手をつけられなかったり。将来のことを考えては不安になって、余計に消耗してしまったり。そういう状態が続いていました。

ーーそれがこの3年ほどは健康を意識した食事や運動をするようになって、生活に変化があったようですね。何かきっかけがあったんでしょうか。

終電:26歳のときに、転機が二つありました。一つ目は、夏にデビュー作の『シティーガール未満』(柏書房)を刊行することになって、その初稿の締め切りが迫っていました。連載の書籍化だったんですけど、加筆修正して書き下ろしエッセイも加えて出すことになっていました。なのに、何もできないくらい眠かったんです。それまでは自分が抱えている不調をどうにかしなきゃいけないと、切羽詰まって考えたことがなかったんですよね。就活についても、生活のために就職したほうがいいとは思っていましたが、心から入りたい企業があったわけではなかったので、そこまで本気になれなかった。でも念願の商業出版で、本は心の底から出したかったんです。

 ようやく本気で治したいと思いました。これまでを振り返ると「朝ご飯をちゃんと食べたほうがいいんじゃないか」と。ちょうどその頃、おばあちゃんの家で一時的に生活していました。東京の家はキッチンが狭かったんですけど、おばあちゃんの家は広くて、自炊がしやすかったんです。それでちゃんと自炊をして三食しっかり食べるようになると、明らかに調子がよくなりました。そこで初めて、食事の大切さに気づきました。基礎的なことって大事なんだなと、身をもって学びました。もう一つの転機は、同じ年に膝が痛くなって、そのまま放置していたら、悪化して歩けないほどになったんです。さすがに重い腰を上げて筋トレを始めると、調子がよくなってきました。

 たぶん私は、わかりやすい実感がないと、基本的に何もやる気にならないタイプなんだと思います。「本当にこのままだと本を出せないかもしれない」というところまで追い込まれて、ようやく重い腰を上げる。膝も歩けないくらいまで悪くなって、ようやく筋トレを始める。そこで初めて「ちゃんとやろう」と思うんです。

ーー読者にメッセージはありますか。

終電:本が出てから、ちょっと想定していた反応と違う部分があって。出る前は「自分のほうが大変だ」「この程度では虚弱じゃない」と言ってくる人がいるんじゃないかと思っていました。でも、今のところ、エゴサもしていても、そういう声は一つもなくて。むしろ「自分と同じくらいの虚弱だと思って読んだけど、全然大変そうで、自分程度で虚弱だと思っていたことを反省した」という声が、結構ありました。それで今ちょっと悩んでいます。

 「自分のほうが虚弱だから、この程度では虚弱じゃない」と思うのと「自分よりも虚弱な人がいるから、自分は大したことない」と思うのって、根は同じなんじゃないかと思います。というのは、私が虚弱の基準になってしまうのは困るんです。今のところ反応を見ていると、私よりも虚弱な人があまり出てきていない。もし「私以下の人だけが虚弱」みたいになってしまったら、数が少なすぎる。もっと虚弱の人の数を増やして、社会に存在を知ってもらったほうがいいと思います。

 あと「自分よりも大変そうな人がいる。自分は大したことない」と思ってほしくない。虚弱であることに限らず、自分の苦しさや痛み、つらさというのは、人と比べるものじゃないですよね。いわゆる「贅沢な悩み」って、存在しないと思っていて。人それぞれに事情があって切実さがある。はたから見て恵まれている人であっても、その人自身が本当に悩んでいて、つらいと思っているならば、それはその人にとって切実なことだと思います。だから私より虚弱じゃなくても、虚弱だと思うなら虚弱だと言ってほしいし、つらいことはつらいと言ってほしいです。

絶対に終電を逃さない女 プロフィール

文筆家。1995年生まれ。大学卒業後、体力がないせいで就職できず、専業の文筆家となる。様々なWebメディアや雑誌などで、エッセイ、小説、短歌を執筆。単著に『虚弱に生きる』(2025年扶桑社)、『シティガール未満』(2023年柏書房)、共著に『つくって食べる日々の話』(2025年Pヴァイン)がある。
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