「2025年 国内文芸 BEST 10」立花もも 編 金原ひとみの群像劇から小川洋子の静けさに満ちた小説まで

 2025年の国内文芸ベスト10。毎年同じ注釈となるが、ランキングではなく印象に残った10選である。

・『YABUNONAKA ヤブノナカ』 金原ひとみ

・『世界99』 村田沙耶香

・『いちばんうつくしい王冠』 荻堂 顕

・『ブレイクショットの軌跡』 逢坂冬馬

・『在る。SOGI支援医のカルテ』 前川ほまれ

・『デモクラシーのいろは』 森絵都

・『うまれたての星』大島真寿美

・『緑十字のエース』 石田夏穂

・『帰れない探偵』 柴崎友香

・『サイレントシンガー』 小川洋子

 と言いながら、圧倒的に印象に残った……というか、選ばないわけにはいかないと思わされたのは金原ひとみの『YABUNONAKA』。文芸誌の元編集長・木戸悠介が過去の性加害について告発されたことをめぐる群像劇だが、冒頭、木戸がかつて担当していた作家・長岡友梨奈とちょっといい感じになったことがある、あの瞬間の自分たちは通じ合っていたと思い出を美化して浸る描写が描かれた数ページあと、そのときの木戸に対する嫌悪感が友梨奈の視点でしっかりと描かれ、その食い違いからして切れ味がすさまじく、読むのを止めることができなかった。

 視点が変われば事実が変わり、善悪の基準も溶けていく。いったい私たちは何を信じて立てばいいのか、どうすれば他者を搾取せず、抑圧せず、加害者にならずに済むのか。考えずにいられなかったのは村田沙耶香『世界99』も同じ。舞台設計は近未来SF。人がかわいいと思う要素を詰め込んだ人工生物・ピョコルンという、女性よりも「下」の存在が誕生したことで、男性からの抑圧をそのままピョコルンにスライドさせてわが身を守るという、非常グロテスクな情景を映し出しながら差別によって秩序が守られる社会の構造を炙り出していく。目をそらしたくなることばかりだったのだが、やはり読まずにはいられなかった。

 加害と被害のグラデーション、というのは今、誰もが感じているテーマなのかもしれないと改めて思わされたのが荻堂顕の『いちばんうつくしい王冠』。夏休み初日、突然、見知らぬ体育館に見知らぬ少年少女たちとともに集められ「8人で演劇をやりぬかなくては帰れない」という奇妙な集団生活を送ることになったホノカの物語。どちらかというと気が弱くて優しすぎるホノカを含めた全員が、自身の加害性に向き合わなくてはいけなくなっていく過程に読みごたえがあった。

 逢坂冬馬『ブレイクショットの軌跡』もまた、無自覚のちょっとした行動が、これくらいいかと自分を許してしまう弱さが、思わぬ悲劇をもたらしてしまうかもしれないとぞっとさせられる物語であった。自動車期間工からタワマンで暮らすエリート、アフリカの元少年兵といった一見、なんの関係もなさそうな人たちの生活が、物語を通じて円環し、つながっていく。まじめに善良につとめていれば報われるわけではないし、優しさが人を救うとも限らないという、現実の残酷さを描きながら希望を模索するストーリーが、読んで1年近くたった今も印象に残っている。

 希望、という意味では前川ほまれ『在る。SOGI支援医のカルテ』が突出していた。看護師として臨床の現場に立つ前川ほまれもまた、きれいごとだけではすまされない、生まれ育った環境や家族との関係など、努力だけではどうすることもできない厳しさを前提として描く作家だが、そのなかでどうすれば希望を見失わずにいられるか、見失わない社会を私たちは築いていけるのかをいつも問い続けている。セクシャリティに関連する悩みや苦しみをもつ人たちを中心に描き、ただ「在る」ということの大切さを描いた本作も、心に残り続けている。

 人々の意識が変わることで社会もおのずと変わっていく、その足掛かりとなる姿を描いたのが森絵都『デモクラシーのいろは』。戦後、GHQの意向で行われることとなった民主主義のレッスン。教師役をつとめる日系二世の青年と、令嬢から農家の娘まで出自さまざまな女性たちの交流を通じて、心に希望の灯りと闘志のような情熱をともしてくれる。ああ、こんなふうに自由に生きて行けたらなあと思わせてくれる小説だった。

 大島真寿美『うまれたての星』もまた、角度の異なる戦後小説。週刊&別冊マーガレットとおぼしき編集部を舞台に、少女マンガを中心に時代を切り開いていく姿を描き出す。少女マンガなのに編集にかかわれるのは男だけ、という当時の悔しさに奮起する女性たちにとくに肩入れしながらも、彼らの尽力もまた「女の時代」到来の礎になったことも事実。既存の価値観を否定するのではなく、新しくつくりかえていく。それってこういうことなのかと、わくわくしながら最後まで読んだ。

 石田夏穂『緑十字のエース』は、何かを打ち破ろうとか改革しようとか、そんな情熱は正直、まるでない。とある失態で大手デベロッパーをやめざるをえなくなり、なんとか中堅ゼネコンに派遣でもぐりこんだはいいものの、転職を家族に打ち明けられず、ごまかすためにスーツで家を出たあと3万歩の距離がある現場まで毎日、徒歩で通うという涙ぐましいんだか愚かなんだかわからない男が主人公。安全を守る業務に忠実すぎて現場で嫌われまくっている青年と一緒に、ごまかしごまかし、日々を送る姿が淡々と描かれる。これが、めっぽうおもしろいのである。やがて青年の秘めた思惑が明かされていく過程はミステリーのようで、読みごたえもある。今年「すごい」と思った小説は数あれど「大好き!」と心をわしづかみにされた一番は今作であった。

 人間なんて不完全なもので、現実は理不尽なもので、それをどうにかしようともがくことも、怒りを表明することも大事なのだけど、それと同じくらい「穴があいている」状態を受け止めることも必要なのだと感じたのが、柴崎友香『帰れない探偵』と小川洋子『サイレントシンガー』。前者はタイトルのとおり、とある事情で「帰れなく」なってしまった探偵の物語。後者は、言葉を発することをやめてしまった人たちとともに暮らす、唯一無二の歌声をもつ少女の物語。定住の場をもたない探偵と異なり、少女は、暮らし続けてきた場所がどれほど奇妙と言われようと離れることはできないし、そのつもりもない。それでいいのだ、と思う。静けさに満ちた両書は、心が動揺して波立ってしまったとき、いつも手にとりたくなる。

 今年も、いい本にたくさんめぐりあえた。どれも自信をもっておすすめするので、引っかかるものがあれば年末年始のおともにしてもらえるとうれしい。

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