「2025年ミステリBEST5」書評家・若林踏編 1位は壮大で神秘的な「消失の謎」特化の短編集

「2025年ミステリBEST5」(若林踏)

第1位『神の光』北山猛邦(東京創元社)
第2位『罪の水際』ウィリアム・ショー/玉木亨訳(新潮文庫)
第3位『真犯人はこの列車のなかにいる』ベンジャミン・スティーヴンソン/富永和子訳(ハーパーBOOKS)
第4位『目には目を』新川帆立(KADOKAWA)
第5位『夜と霧の誘拐』笠井潔(講談社)

 ミステリの年末ランキング企画や年間回顧原稿は基本的に国内作品と翻訳作品が分かれていることが多い。本稿では敢えて混ぜる形にして2025年のベストミステリ5冊を選んでみた。

北山猛邦『神の光』(東京創元社)

 第1位の『神の光』は収録作すべてが“消失の謎”を描いた謎解きミステリという、他に類例のない短編集。“物理の北山”という異名を取るほど物理トリックに拘りを見せる作者だけに、各編における消失マジックの壮大さと神秘性は群を抜いている。表題作では砂漠のど真ん中にある町が一晩で消える。このスケールの大きさたるや。トリックだけではなく、物語の舞台や興趣がバラバラなのもノンシリーズ短編集としては理想的で、エドガー・アラン・ポーにまつわるビブリオ小説的な要素も備えた「未完成月光 Unfinished moonshine」など各編で読み味が変わる配慮がなされている。本書は原書房の『2026本格ミステリ・ベスト10』で国内編第1位を獲得した。北山はデビューから20年以上のキャリアを持ち、トリックのみならず独特の世界観が後続の謎解きミステリ作家へ大きな影響を与えているほどの実力者なのだが、年末のミステリランキングで1位に選ばれたのが実はこれが初めて。“物理の北山”の更なる飛躍を告げる1冊である。

 第2位に選んだのは英国の作家ウィリアム・ショーによる『罪の水際』。新潮文庫といえば宝島社の『このミステリーがすごい!2026年版』で海外編第1位を獲得したリチャード・デミングの『私立探偵マニー・ムーン』(田口俊樹訳)をはじめ、近年はマニアが喜ぶ逸品から現代海外ミステリの最先端まで、翻訳ミステリの良作を取り揃えている印象が強い。その中から選んだ『罪の水際』は荒涼とした風景が広がる町を舞台に、英国の伝統的な謎解きミステリの様式に則りながら共同体に潜む秘密が少しずつ暴かれていくという話だ。作中では複数の謎が提示され、それを解くための手掛かりも散りばめられている。この手掛かりはここに使われるのか、という驚きもあるので、アンソニー・ホロヴィッツなどの作品を通じて現代英国謎解き小説の面白さに開眼した人には是非とも手に取ってもらいたいと思う。それにしても新潮文庫の翻訳ミステリ出版の充実ぶりは素晴らしい。

 翻訳ミステリにおける本格謎解き小説の秀作で読み逃してほしくないのが、第3位のベンジャミン・スティーヴンソン『真犯人はこの列車のなかにいる』である。語り手の“ぼく”こと駆け出しの作家アーネスト・カニンガムがオーストラリア推理作家協会が主催する豪華列車の旅に出るものの事件に巻き込まれる、という話だ。“ぼく”がわざわざ「信頼できる語り手」を称し、この小説の中で犯人の名前が135回出てくることを前もって読者に予告するなど、あからさまに人をおちょくったような姿勢のミステリに思えるだろう。だが謎解きの部分は至ってフェアで、はたと膝を打つような説得力に富んだものになっているのだ。笑いを誘う中に緻密に練り上げた謎解きの技巧が光る逸品である。なお、作者はスタンダップコメディアンでもあるとのこと。作中のユーモアセンスには納得が行く。

 うって変わって第4位の新川帆立『目には目を』はシリアスな要素が前面に出ているミステリである。傷害致死で捕まった元少年Aが被害者遺族に殺害されるが、彼の正体を密告したものが少年院仲間にいるらしい。物語は事件を取材するライターの取材記録の形式で語られ、「密告者は誰なのか」という謎とともに未成年犯罪と更生を巡る現実が浮かび上がってくる。謎解きミステリでいうところの所謂フーダニットの興趣に近いものを交えつつ、社会に根付く現実的な問題にも向き合うという、これまでキャラクターの個性が際立った作品の書き手、という印象が強い著者の違う一面が垣間見える小説になっているのだ。しかもそれだけに飽き足らず、更に著者は驚くべき仕掛けを物語内に施す。新川帆立とは、これほどまでにミステリの技法の優れた使い手だったのか。

 新鋭作家の次は、大ベテランの人気シリーズをご紹介する。第5位の笠井潔『夜と霧の誘拐』は矢吹駆が探偵役を務める本格謎解きミステリシリーズの第8作。作中で起きる事件の謎解きとともに実在した哲学者をモデルにした人物との「思想対決」を描くのがシリーズの恒例となっているが、本作はハンナ・アーレントをモデルにした哲学者が登場し、矢吹と火花散る論戦を繰り広げる。巧緻な誘拐犯罪を暴く謎解きに興奮すると同時に、いま世界で起きている出来事を見渡す視座も与えてくれる小説になっている。

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