映像化続く欧州での「YA小説」人気は日本でも浸透なるか 長谷川まりる『杉森くんを殺すには』のヒットから考える
ヨーロッパではいま、10〜20代を軸としたYA(ヤングアダルト)小説が新たな隆盛を迎えている。とりわけフランス、ドイツ、北欧では、YA作品の映像化がドラマ・映画を問わず続いており、ミステリー、恋愛、LGBTQテーマ、社会課題を扱う作品が次々とスクリーンへ渡っている。日本の書店でも輸入翻訳の動きは徐々に加速しており、この潮流は“海外文学ブームの次の段階”として注目を集めつつある。
そのなかで、国内でもYA的感性を持つ作品に読者の関心が集まりはじめている。長谷川まりる『杉森くんを殺すには』(双葉社)はその象徴的な一冊だ。校内の人間関係、感情の歪み、少年少女の内面の複雑さ——こうしたモチーフを軽やかな文体で描きつつ、物語の中心には「心の闇」と「真実への渇望」が据えられている。ジャンルとしてはミステリーだが、その熱量はまさにYAの文脈に近い。若い読者にも刺さり、SNSを中心に話題が広がった理由の一つは、こうした“YA的な語り口”の強さだろう。
■欧州のYAは「社会問題」と「個の物語」の交差点
欧州YAの大きな特徴は、単なる青春文学に留まらず、社会課題を物語の中に一体化させている点にある。たとえば北欧では、移民問題、ジェンダー/セクシュアリティ、環境危機、SNSによる孤立といったテーマが日常的に扱われる。重い題材であっても、登場人物たちが自分の言葉で悩み、葛藤し、選択していくプロセスに読者が寄り添う構造が確立している。
この“社会性×青春”の構造は、映像化と非常に相性が良い。若者を主人公にした骨太なドラマに仕上がるため、Netflixや欧州発ストリーミングサービスは積極的にYA原作を映像化してきた。結果として、原作小説が再び売れるという循環が生まれている。
■日本のYAはどう発展してきたか
一方、日本でYAというカテゴリーは、海外ほど強固ではない。学園ミステリー、青春群像、恋愛、ライト文芸——こうしたジャンルに作品が散らばり、読者の認識として“YA棚”が成立しにくい構造がある。
しかし、ここ数年の動きを見ると、若い主人公の内面に深く入り込み、社会の影や痛みを描く作品への支持は確実に広がっている。YA的なテーマを扱いながら大人も読者として取り込んできた作家たちは、ジャンルをまたぎながら“10代〜20代の決定版”として機能している。そんな中で登場した『杉森くんを殺すには』は、従来の国内YAにもミステリーにも当てはまらない“隙間の物語”として存在感を放っている。校内の閉じた空気感、心の揺れ、自己同一性の揺らぎを、軽妙さと鋭さの混じった語りで描く。これはまさに、欧州YAの構造とも響き合う部分だ。
■日本で“欧州YAブーム”は起こりうるのか
欧州YAが日本に本格的に広がるためには、ジャンルとしての棚の明確化、映像化との連動、10代・20代を越える“大人の読者”の取り込みが鍵となるだろう。とりわけ映像化は大きい。日本では、文学と映像の連携がYA領域でまだ弱いが、欧州発のテーマ性の強いYA作品がドラマ化されれば、国内の出版社や書店の動きも変わる可能性がある。
また、いまの若年層はTikTokやXで本の話題が広がりやすい。欧州YAが持つ“社会問題×青春”という濃い文脈は、短尺コンテンツとの親和性も高い。むしろ、市場が成熟していない日本の方が、新たなジャンルとしての育ちしろは大きいといえる。
■YAをめぐる新たな到来点として
長谷川まりる『杉森くんを殺すには』のヒットは、単独の成功に留まらない。この作品が描く“冷たさと熱の共存”は、欧州YAに通じる構造であり、国内読者が求めはじめている新しい物語の形だ。いま欧州で起きているYAの映像化ラッシュは、世界の物語の中心が“若者のリアル”へと再び回帰していることを示している。その流れは、間違いなく日本でも始まりつつある。
YA的な語りを持つ作品が、ミステリーでも恋愛でもホラーでもなく、“若者の物語”として読まれる日。その兆しが、すでに日本の本棚で静かに芽吹いている。