『鬼滅の刃』炭治郎はなぜ“陽キャ”になった? 吾峠呼世晴の過去作から読み解く、冨岡義勇の重要性

※本稿は、『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)のネタバレを含みます。原作を未読の方はご注意ください。(筆者)

 数々の興収記録を打ち立て、2025年7月18日の初公開以来、100日を越えるロングラン上映を続けている『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』(監督・外崎春雄)。井上雄彦監督の『THE FIRST SLAM DUNK』(2022年)のような例もないわけではないが(こちらは最終的に約9か月のロングラン上映となった)、本作もまた、近年稀に見る怪物的なヒット作であるといっていいだろう。

 なお、今回の「第一章」では、変幻自在な異空間――「無限城」を舞台に、胡蝶しのぶ対童磨戦、我妻善逸対獪岳戦、そして、竈門炭治郎・冨岡義勇対猗窩座戦が描かれ、いずれの戦いも、鬼殺隊隊士たちにとっては、ある種の弔い合戦ともいうべきものなのだが(具体的にいえば、胡蝶しのぶにとって童磨は姉の、我妻善逸にとって獪岳は師匠の、竈門炭治郎にとって猗窩座は煉獄杏寿郎の仇である)、個人的には、そうした“私怨”に突き動かされ、熱くなっている隊士たちとは別に、一歩引いた立場で淡々と任務をこなしている(ように見える)冨岡義勇の“強さ”に惹かれた。

物語を大きく動かした存在

 冨岡義勇は、鬼殺隊隊士の最高位「柱」の1人であり、「水の呼吸」の使い手であることから「水柱」の称号を持つ。主人公・竈門炭治郎にとっては兄弟子であり、そもそもこの冨岡がいたからこそ、『鬼滅の刃』という物語は大きく動き出したといっても過言ではないのだ。

 なぜなら、原作第1話において、彼が炭治郎とその妹・禰豆子の中に“未来への可能性”を見出さなければ、炭治郎がやがて強敵・鬼舞辻無惨を追い詰める「ヒノカミ神楽」(日の呼吸)の使い手として覚醒することも、鬼になった禰豆子が陽光を克服し、人に戻れることもなかっただろうから。

©︎吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

 そういう意味では――つまり、隊律に背いてまで(注・目の前にいる鬼を斬首しないのは隊律違反である)“自分(たち)を信じてくれた”という意味では、(『鬼滅の刃』という作品には、鱗滝左近次、錆兎、煉獄杏寿郎、産屋敷耀哉、竈門炭十郎など、主人公にとってのメンターが数多く登場するのだが)この冨岡義勇こそ、炭治郎にとって最も重要な導き手だったといえるのではないだろうか。

『鬼滅の刃』のルーツ――『過狩り狩り』と『鬼殺の流』

 ところであなたは、吾峠呼世晴の『過狩り狩り』と『鬼殺の流』という作品を読んだことがあるだろうか。前者は、第70回「JUMPトレジャー新人漫画賞」佳作を受賞した吾峠のデビュー作(『吾峠呼世晴短編集』に収録)、後者は、前者の世界観をもとにして描かれた、『鬼滅の刃』のパイロット版ともいうべきネーム作品である(『鬼滅の刃 公式ファンブック 鬼殺隊見聞録』に3話分が収録)。

 いずれの主人公も隻腕・盲目の剣士であり(『鬼殺の流』の主人公は、さらに両足が義足である)、そうしたハンディキャップをものともせず、寡黙な態度で粛々と“鬼狩り”の任務をこなしていく様子は、竈門炭治郎というよりは、どこか冨岡義勇のキャラクターを彷彿させる(見た目も、炭治郎よりも冨岡の方が近いように思える。また、冨岡は、最終章までは身体の欠損こそないが、姉や錆兎に対して何もできなかったという悔いの感情から、炭治郎と出会うまでは、心に穴が空いたキャラクターだったともいえる)。

 このことからわかるのは、吾峠が当初、のちに『鬼滅の刃』となる物語の主人公として想定していたのは、冨岡義勇タイプの、心か身体に欠損した部分のあるクールなキャラクターだったということである(余談だが、吾峠が初期の短編群で描いている主人公は、ほぼ全てが、善と悪の境界線上にいるクールなキャラクターである)。

 だが、描かれている「主人公の寡黙さや世界観のシビアさ」がネックとなり、『鬼殺の流』が「少年ジャンプ」の企画会議を通過することはなく、その結果、「いっそ主人公を変えてみよう」という担当編集者のアドバイスに従って、吾峠が提示したのが、竈門炭治郎という極めて陽性のキャラクターだったのだ(『公式ファンブック』より)。

陰と陽――表裏一体の主人公

 あらためていうまでもなく、この主人公の「改変」が正解だったのは間違いないだろう(じっさい、そのおかげで企画会議も通過している)。しかし、「本来の主人公」ともいうべきクールなキャラクター(のちの冨岡義勇)を排除せず、新たな主人公のすぐ脇に置いたことで(あるいは、主人公のメンターの1人としたことで)、作品により深みが出たのは間違いない(最初にタイトルを挙げた『SLAM DUNK』にしても、井上雄彦が本当に描きたかった主人公は流川楓だったのではないかというフシがあるのだが、あえて桜木花道という陽性のキャラクターを中心に据え、クールな流川を脇に置いたことで、広く読まれる作品になった、ともいえるのだ)。

 いずれにせよ、冨岡義勇の存在なしには、竈門炭治郎の成長はなかった。誤解を恐れずにいわせていただければ、たぶん、作者の中で炭治郎と冨岡というのは、表裏一体の、つまり、ふたりでひとりの主人公だった。物語のクライマックス――鬼舞辻無惨の圧倒的なパワーに押し潰されそうになっていた炭治郎に救いの手を差し伸べたのが、冨岡だったのは必然だったといえよう。

※煉獄の「れん」は「火+東」、禰豆子の「ね」は「ネ+爾」、鬼舞辻の「つじ」は一点しんにょうが正式表記。

■公開情報
『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』
全国公開中
キャスト:花江夏樹(竈門炭治郎役)、鬼頭明里(竈門禰󠄀豆子役)、下野紘(我妻善逸役)、松岡禎丞(嘴平伊之助役)、上田麗奈(栗花落カナヲ役)、岡本信彦(不死川玄弥役)、櫻井孝宏(冨岡義勇役)、小西克幸(宇髄天元役)、河西健吾(時透無一郎役)、早見沙織(胡蝶しのぶ役)、花澤香菜(甘露寺蜜璃役)、鈴村健一(伊黒小芭内役)、関智一(不死川実弥役)、杉田智和(悲鳴嶼行冥役)、石田彰(猗窩座役)
原作:吾峠呼世晴(集英社ジャンプ コミックス刊)
監督:外崎春雄
キャラクターデザイン・総作画監督:松島晃
脚本制作:ufotable
サブキャラクターデザイン:佐藤美幸、梶山庸子、菊池美花
プロップデザイン:小山将治
美術監督:矢中勝、樺澤侑里
美術監修:衛藤功二
撮影監督:寺尾優一
3D監督:西脇一樹
色彩設計:大前祐子
編集:神野学
音楽:梶浦由記、椎名豪
主題歌:Aimer「太陽が昇らない世界」(SACRA MUSIC / Sony Music Labels Inc.)・LiSA「残酷な夜に輝け」 (SACRA MUSIC / Sony Music Labels Inc.)
総監督:近藤光
アニメーション制作:ufotable
配給:東宝・アニプレックス
©︎吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
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