宮﨑駿作品の二項対立では解釈できない矛盾とは? 混在する「兵器への偏愛」と「戦争への嫌悪」

 藤田直哉の『宮﨑駿の「罪」と「祈り」―アニミズムで読み解くジブリ作品史―』(blueprint)は、サブタイトルにもあるように、宮﨑駿がこれまで監督してきた『未来少年コナン』から『君たちはどう生きるか』までを、「アニミズム」というキーワードで読み解いた労作である。


 なお、「アニミズム」とは、すべてのものには魂が宿る、という信仰体系を意味し、「アニメーション」という言葉と同じく、「アニマ(生命・魂)」という言葉を語源とする。

宮﨑作品が孕(はら)んでいる矛盾とは

『宮﨑駿の「罪」と「祈り」 アニミズムで読み解くジブリ作品史』(blueprint)

 ところであなたは、宮﨑駿の監督作品について、どのようなイメージをお持ちだろうか。おそらくは、科学や戦争を否定し、自然や土着の神々を敬う――といったものだろう。

 ただし、中には、『風立ちぬ』のように、戦闘機の設計に取り憑かれた男の半生を描いたものや、『もののけ姫』のように、自然=善/科学=悪という単純な二項対立では解釈できないものもある。さらには、多くの作品で見られる、銃器、戦闘機、戦車、軍艦などへの偏愛は、さまざな矛盾を孕んでいるといえよう。

 藤田直哉は、この矛盾の根源として、宮﨑駿の幼少期に注目する。

作品に影響を与えた幼少期のトラウマ

 宮﨑駿は1941年、東京都文京区に生まれた(のちに宇都宮に疎開)。生家は、父と伯父が作った会社(宮﨑航空機製作所)が軍需産業に携わっていたことで富み(同社は数千人の従業員を擁し、戦闘機の部品などを作っていた)、『君たちはどう生きるか』で描かれている豪邸は、彼が幼い頃に暮らしていた家がモデルだという。

 おそらくは、このやや特殊ともいえる環境が、宮﨑駿の兵器や飛行機への偏愛を育んだものと思われる。

 しかし、彼は、4歳のときにある強烈な体験をする。1945年、宇都宮大空襲の焼夷弾が降り注ぐ中、宮﨑の一家は軽トラックで安全な場所へ避難しようとしていたのだが、そのとき、(大人たちは)助けを求めてきた「女の子を一人抱いてるおばさん」を「見捨てて」しまったのだ。

 むろん、4歳の宮﨑にはどうすることもできなかっただろうし、幸いその女の子は無事だったようだが、このときに味わった罪悪感や無力感は、幼い宮崎のトラウマとなり、後々まで燻り続けた(また、のちの作品にも大きな影響を与えることになった)。

 いずれにせよ、宮﨑駿の中では、幼少期からの兵器への偏愛と戦争への嫌悪(平和への祈り)が混在しており、その矛盾ないし二面性が、彼がこれまで作ってきた数々の映画にも多かれ少なかれ反映しているのだ(余談だが、この兵器へのフェティシズムと平和への祈りという二面性は、陸軍航空隊パイロットの父を尊敬していた、松本零士の漫画についても、似たようなことがいえるだろう)。

“父の罪”が避けられない時代で、我々は「どう生きるか」

 さて、『宮﨑駿の「罪」と「祈り」』の中で、藤田直哉は、宮﨑作品の中に混在しているその2つの側面(ないし矛盾)を、以下のような形で分類している。

○戦争・科学・資本主義など=父的なもの
○自然・生命・神秘など=母的なもの

 前者は、タイトル(書名)の中にある「罪」、後者は、「祈り」、もしくは「アニミズム」といい換えることもできるだろう。

 つまり、藤田直哉の「宮﨑駿論」とは、やや強引にまとめてしまえば、宮﨑駿というアニメーション映画監督は、常にこの父的なものが象徴する「罪」に抗うため、母的な「アニミズム」に「解放感」や「浄化」を求めている、というものなのだが、作品によっては、その二者の描かれ方は微妙に異なっている。

 それは、明確な答えが出ることのない問いを抱えた、1人のアニメーション映画監督の思考の変遷の表われでもあり、藤田は、宮﨑作品で描かれている「父」(罪)と「母」(祈り)の在り方を、制作年順に10のフェーズに分け、丁寧に読み解いていく。


 興味深いのは、初期の頃はひたすら母的な「アニミズム」に救いや浄化を求めていた宮﨑駿が、時代の変化の影響などを受け、しだいに父的なものとの和解や共存を模索するようになっていくさまだ。

 むろん、戦争は愚行である。その軸がブレることはなく、また、母的な「アニミズム」の意味も大きく変わることはないのだが、それでも、宮﨑は、父的なものの「罪」を“避けられないもの”、あるいは、“すでにそこにあるもの”として受容し、その中で「生きる」意味を見出そうとしているように私は思う(この葛藤が最も表れているのが、『もののけ姫』である)。

 藤田が分類した10のフェーズについては、詳しくは同書を読まれたい。そして、その上であらためて宮﨑の代表作を見比べてみて、あなたなりの「父の罪」と「母の祈り」の意味を考えていただきたい。そうすることが、たぶん、『君たちはどう生きるか』という現時点における最新作で、宮﨑駿が、私たちに突きつけてきた問いかけに応えることにもなると思うから。

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