Gakken漫画サイト「Comic NORA」編集長・杉田祐樹が目指すエンタメの形 「Gakkenだからもてるこだわりは意識したい」
今年6月末から配信が始まった、(株)Gakken(以下Gakken)の漫画サイト「Comic NORA(コミックノーラ)」。学習参考書や教育図書のイメージが強いGakkenが、なぜ漫画を? …と思う人は多いかもしれない。実は、同社は1986年から1998年にかけて、同名の少年漫画雑誌「月刊コミックNORA」を刊行していたことがあるのだ。
かつての雑誌と同じ名前で漫画サイトを立ち上げたのには、どのようなこだわりや思いがあってのことなのだろうか。そして、Gakkenが創る漫画ならではの個性や強みはどこにあるのだろうか。編集長の杉田祐樹氏にインタビューを行い、満を持してWEB漫画市場に参入する決意についてもうかがった。
かつて刊行されていた雑誌をリスペクト
――「Comic NORA」立ち上げの経緯を教えてください。
杉田:Gakkenという出版社は、世間的には教育・学び関連の本を出していると思われています。確かにその通りだと思いますし、書籍の出版においても参考書や、図鑑などの児童書を多く発刊しています。その一方で、教育関係以外にも様々なジャンルの雑誌や書籍を刊行してきた歴史があり、「コミックNORA」をはじめとした、いくつかの漫画雑誌も発行していたんですよ。
しかし、「コミックNORA」は1998年に休刊し、エンタメ漫画とのつながりが長らく切れてしまっていました。今回、漫画サイトを同じ名前にしたのは、当社が再び漫画に全力で取り組んでいくという決意を表しているのです。
――漫画雑誌「コミックNORA」へのリスペクトが根底にあるわけですね。
杉田:「Comic NORA」ではもちろんオリジナルの新連載を掲載していますが、「コミックNORA」に掲載されていた名作の一部も読めるようになっています。それはひとえに、先人や歴史に対するリスペクトがあるからにほかなりません。
――新連載の漫画にはどんな特徴があるのでしょうか。
杉田:立ち上げにあたり、どのような漫画を中心に構成していくか、たびたび議論がありました。既存の紙の漫画雑誌がベースになったWEBサイトは、本体の雑誌のカラーを引き継いでいることが多いですよね。一方で、ゼロから新しくレーベルを立ち上げた漫画サイトは、特定のカラーがない場合もあると思います。
「Comic NORA」は、編集者が心からおもしろいと思う漫画を送り出していきたい。言ってしまえばなんでもありです。アクセスしていただいた読者にも、それまでに興味がなかったジャンルの漫画のおもしろさにも気づいてもらいたいと思い、特定の縛りを設けないようにしています。“NOジャンルなマンガの楽園にようこそ”と謳っているのはそのためです。
漫画の内容はNOジャンルで“何でもあり”
――対象読者層はどうなっているのでしょうか。
杉田:中高生以上で、一般向けを意識しています。当社は児童書や学びにつながる漫画を刊行していて、私も以前そういった編集部に在籍していました。児童書には特有の注意点や約束ごとがあったりするのですが、エンタメ漫画ならそういった縛りから解放され、自由な表現ができます。児童書の編集部だったら作らないような漫画を出していきたいと、意気込んでいます。
例えば、伊達政宗が女性だったという設定の『ぼんたん激動編 姫武将まさむね参る!!』(阿部川キネコ・作画:はしもとまさえ)は、その筆頭格ですね。歴史を舞台にしたエンタメで、学習がメインの漫画ではありません。もっとも、歴史上の人物の名前や事件などは登場するので、勉強になる部分はあると思いますが(笑)。
――編集部は何人体制ですか。
杉田:編集長の私と、WEBサイトを運営するメンバー、編集部員として若手とベテランをあわせた計7人です。
――どんな漫画家さんに声をかけているのでしょうか。
杉田:編集者の裁量に任せています。同人誌即売イベントで出会った方だったり、持ち込みだったり、編集者が以前から付き合いのある方だったりと、千差万別ですね。「ガッコミ」という弊社の漫画サイトの応募者に声をかけることもあります。編集者がもともと好きな作家さんに、「こんな漫画を描いてほしい」と提案することもありますね。
編集者が新連載の企画を上げてくるときも、ジャンルにこだわりはありません。私自身、図鑑や児童書の部署に長くいたので、漫画の編集部ならではの斬新な発想に刺激を受けています。今までとは違う読者層の反応を見るのも楽しくて、純粋に漫画づくりを楽しんでいますね。
編集長が一押しする漫画はこれだ
――「Comic NORA」のなかで、杉田さんがおすすめする漫画はありますか。
杉田:9月25日から連載スタートした『ブッチ組~夜露死苦異世界 我等真武親友 悪鬼滅殺仏血義礼組』(林家志弦)が個人的に好きです。女子高生ヤンキーが血刃県(千葉県のパロディー)によく似た異世界に転移し、天下を狙うという漫画です。ヤンキーたちが転生先で一度は散り散りになるのですが、仲間を集めながら「テッペン獲るこたぁ変わりねえ!」と、頂点を目指す。異世界転生ものの漫画はたくさんありますが、一味違うテイストですね。
『ぼんたん激動編 姫武将まさむね参る!!』(原作:阿部川キネコ・作画:はしもとまさえ)は『姫武将政宗伝ぼんたん』(阿部川キネコ/幻冬舎)の続編です。作中で伊達政宗と豊臣秀吉の絡みがあります。秀吉といえば、成り上がった凄い人のイメージがありましたが、最近は残酷な面が注目されがち。いい塩梅に“怖かっこいい”秀吉が描かれていて、個人的にツボにはまっています。
あと、『恋ひ恋ひて』もいいですね。「Comic NORA」では現状唯一のオールカラーの漫画で、万葉集の恋歌に重ねる形で現代の学生のみずみずしい青春や甘酸っぱい恋を描いたショートオムニバス形式の作品。絵柄も相まって心情描写が素晴らしく、胸がきゅっとなるような話が展開していきます。ラブコメとも違う、甘酸っぱい、きれいなドラマを見ている雰囲気です。
「Comic NORA」は“中学生からおとなまで楽しめる、さまざまなジャンルの「おもしろい」マンガ”を謳っています。“おもしろい”の感じ方もいろいろあると思いますが、私は読んでいるときは現実世界を忘れられて、違う世界に連れて行ってくれるものこそがおもしろい漫画だと思います。
――制作の過程で、Gakkenの他の部署との連携などはあったりするのでしょうか。
杉田:例えば、歴史ものなら、児童書のチームが出している漫画を資料にできますし、その分野に深い知識を持っている方も結びつきがあるので、紹介してもらうこともできます。一方で、私どもが発掘した歴史漫画が得意な漫画家さんを児童書の部署に紹介することもできるわけで、様々な面で連携をとっていくつもりです。
学びにつながる漫画の経験が発揮される
――杉田さんがこれまで学びにつながる漫画を作ってきた経験も発揮されそうですね。
杉田:漫画という表現方法は同じですから、経験が生きる部分は多いです。あと、歴史ものや科学ものの漫画を作るときは、“ここを外すとまずい”というポイントがわかるのは強みかなと。例えばというには細かいかもですが、江戸時代の八百屋で白菜を売っていたらいけないとか。白菜は当時、日本にまだ入っていないからです。
ほかにも、ティラノサウルスを描くときには、骨格的に内側に掌が向いていないといけません。もしかすると誰からも突っ込まれないポイントかもしれませんが、読者が細かいところに違和感をもってしまうと、作品としてもったいないと思います。作品のテイストによってGakkenだからもてるこだわりは意識したいと考えています。
――学びの要素が強い漫画は、そういった細かいポイントまで見ていく必要がありますよね。
杉田:そういった漫画はとくに手直しが多いんです。ネームの段階で何度も確認を重ね、ペン入れをする段階までにちゃんと漫画家さんに資料を渡しておく必要がある。これを怠ると、ペン入れが進んだ状態で大幅に描き直しになって、迷惑をかけてしまうのです。
学びにつながる漫画はかなり細かいところまでチェックを入れます。「明治時代の男性は、外を歩くときは基本的に帽子をかぶっていた」とか、そういう修正もあるんですよ。指示漏れや描き忘れがあった場合は、漫画家さんに「帽子を足してください」とお願いすることもあります。
――杉田さんはこれまでの経験を活かし、どんな漫画を送り出していきたいと考えていますか。
杉田:「Comic NORA」は立ち上がったばかりなので、まずは作品数を増やすのが大前提。そこから先は、編集者と漫画家さんから出てきた、「これはおもしろい!」というアイディアを企画会議にぶつけてもらい、読者に届く漫画を作っていきたいですね。そういった漫画が、新しいジャンルとして認知されていくかもしれないわけです。
あとは、完全に一編集としてですが、児童書に携わってきた立場も加味しつつ、歴史好きなので、歴史漫画はやってみたいです。科学への興味がそそられるエンタメ漫画も作ってみたいですね。“NOジャンルなマンガの楽園”というコンセプトを大切にして、どんな人が訪れても、おもしろい漫画に出合えるサイトでありたいと思っています。
■「Comic NORA」:https://nora.gakken.jp/