『呪術廻戦≡』は乙骨と真希の悲劇を“乗り越える”物語? 本編にも通じる裏テーマを考察
※本稿は『呪術廻戦』本編最終話までのネタバレを含みます。
『呪術廻戦』の公式スピンオフとして短期集中連載が始まった『呪術廻戦≡(モジュロ)』。9月16日発売の『週刊少年ジャンプ』42号(集英社)に掲載された第2話では、作品の方向性がよりハッキリと浮かび上がっている。そこに示されているのは、本編から通底する“裏テーマ”の存在だ。
『呪術廻戦≡』は「死滅回游」から68年後の世界が舞台。シムリア星人を名乗る地球外生命体、いわゆる“エイリアン”が人類に接触を図ってくるという設定だ。人類とシムリア星人が共生できるかどうか探るためにやってきた査察役・マルは、日本の呪術師・乙骨真剣と乙骨憂花と出会うことになる。
第2話では時系列をさかのぼり、外務大臣臨時代理に任命された宇佐美と部下の美野がシムリア星人の面々と行った会談の様子が描かれた。そこで宇佐美たちが持ち掛けられたのが、「シムリア特使を呪術師の教育機関および任務に同行させる」といった要求だ。
そこで宇佐美は「大人の建前」で事態に対処するのではなく、「新時代の魂」によってシムリア星人の心を溶かすため、まだ10代の乙骨兄妹を任務の担当者に任命するのだった。
本音と建前が入り混じる駆け引きのシーンだが、ここには物語のテーマ性が如実に表現されていると言えるだろう。というのも会談を終えた宇佐美は、シムリア星人が侵略者ではなく“難民”であることを強調。そして62年前の「京都超常決議安保条約」以来、日本がアメリカで高まったナショナリズムに乗っかったという歴史を語り、排斥感情がふたたび高まることを危惧する。
そこで宇佐美の念頭にあるのは、シムリア星人の情報が解禁された後、排斥運動の勃発から戦争に至るというシナリオ。それを回避するためにこそ、乙骨兄妹の任命による「本心からの融和」を狙っているのだ。
あくまでフィクションの歴史という体裁で描かれているものの、ここで現実の社会情勢が意識されているのは明白ではないだろうか。今この時代にあえて「異文化との接触」という主題に向き合い、倫理的な物語を描こうとするところに、芥見下々の漫画家としての誠実さを感じざるを得ない。
さらにいえば、こうした倫理観こそ芥見の作品が多くの人に愛されている理由だと思われる。そもそも『呪術廻戦』本編でも、“共生”というテーマは濃厚に描かれていたからだ。
本編から引き継いだテーマとは? 乙骨と真希を“乗り越える”可能性
『呪術廻戦』の共生テーマを象徴するのが、主人公・虎杖悠仁とラスボス・両面宿儺との関係性だ。
あらためて言うまでもなく、宿儺は“呪いの王”という二つ名にふさわしい邪悪な存在。序盤から虎杖に絶望を与える行動を繰り返し、それによって虎杖の心は破壊されかける。しかし最終決戦では、ふたたび虎杖の善性が復活。戦いが終わってもなお宿儺を会心させることを諦めず、“一緒に生きる”という選択肢を提示し続けるという姿勢を見せた。
そこで宿儺は差し出された手を振り払うものの、最終話ではその魂に大きな変化が生じたことも示唆されており、虎杖の存在によってある意味では救済されるのだった。
すなわち同作は“呪い”と人間のあいだの激しい対立を描く作品でありながら、その裏では虎杖(主人公)と宿儺(ラスボス)の関係を通して、共生の可能性を模索し続けるというきわめて倫理的な作品だった。こうした誠実さこそが、芥見下々という作家の持ち味と言えるのではないだろうか。そして『呪術廻戦≡』で示された「宇宙人との融和」という目標は、まさにこの本編の裏テーマを継承したものと言える。
その一方で、『呪術廻戦≡』の主人公・乙骨兄妹が乙骨憂太と禪院真希の孫であるという設定も示唆的だ。憂太と真希はそれぞれ壮絶な生きざまのキャラクターで、己の運命を切り拓くために力を身に付けたという点が共通している。しかしそれはある意味では、共生ではなく力で解決する道しか選べなかった人生とも言えるだろう。とくに真希は「渋谷事変」の直後、大きな“罪”を犯していたことが印象深い。
兄の真剣は真希、妹の憂花は憂太に強い憧れを抱いているようだが、もしかするとこの先では、2人の悲劇性を孫の代で乗り越えるという展開が描かれるのかもしれない。
本編のテーマを継承しつつ、その先の可能性を示している『呪術廻戦≡』。芥見がどのような景色を見せようとしているのか、期待を込めて見守りたい。