『近畿地方』『8番出口』の波に乗る? 令和ホラーブームで期待したい「比嘉姉妹シリーズ」映像化

 『8番出口』や『近畿地方のある場所について』など、多くのホラー映画がスクリーンを飾っている今夏。ほかにもホラーゲームやホラー小説、モキュメンタリー番組など、さまざまなコンテンツが流行しており、「令和のホラーブーム」ともいえる状況が生まれている。

 そこで期待したいのが、小説家・澤村伊智による「比嘉姉妹シリーズ」のメディアミックス展開だ。

 同シリーズは霊媒師の姉妹、比嘉真琴・琴子を中心として繰り広げられるホラー小説。1作目『ぼぎわんが、来る』は「第22回 日本ホラー小説大賞」で満場一致の大賞を受賞し、2018年には『来る』のタイトルで実写映画化された。現在は片岡人生・近藤一馬のタッグによるコミカライズ『比嘉姉妹』も連載中だ。

 ホラーファンのあいだでは高い評価を誇るシリーズなので、SNSなどではさらなるメディアミックスを望む声も見受けられる。では同作はどのような要素によって多くの人を魅了しているのだろうか。

 まず最大の魅力と言えるのは、圧倒的な恐怖の演出だ。『ぼぎわんが、来る』『ずうのめ人形』『ししりばの家』といったタイトルの不気味な固有名詞からも分かるように、作中に登場する怪異は未知のものばかり。その描き方にもテンプレ的な表現が一切なく、見たことのないものが見たことのない仕方で迫ってくる。未体験の恐怖を味わえる小説となっているのだ。

 また、ホラーでは怪異が描かれる際、終盤でその正体が種明かしされることが多い。良くも悪くもそれによって“魔法”が解けて、怖くない存在に変わってしまうということが珍しくない。しかし「比嘉姉妹シリーズ」の場合、怪異の正体を紐解いていく展開はあるものの、怪異に秘められた謎の全貌が明かされることはない。

 そのため読者は、最後まで恐怖から解放されない。人間には理解できない領域があり、そこに得体の知れないものが蠢いている……という感触が残り続けるのだ。クトゥルフ神話を生み出した作家・ラヴクラフトが提唱した「コズミック・ホラー」に近いところがあるかもしれない。

 その一方で同作は、キャラクターの描写も大きな魅力だ。ショッキングピンクの髪でパンクな服装をしているが、人情に厚く、報酬なしで心霊関係のトラブル解決を請け負う妹・真琴。そしてチート級の霊能力をもち、警察庁長官にも顔が利くほどその筋で名を知られている姉・琴子。この比嘉姉妹がさまざまな怪異と対峙していく姿が、大きな見どころとなっている。

現代ホラーの最前線! A24作品を思わせるテーマ設定

 「比嘉姉妹シリーズ」はストーリーの構成力も一級品。作者・澤村伊智は、さまざまな恐怖のモチーフを膨大なオカルト知識によって縦横無尽に結びつけることで、美しい怪異譚を練り上げてみせる。

 あたかも本当にそうした怪異が実在するかのように演出し、それをミステリー仕立てで“解決”に導く……。モキュメンタリーやネット怪談では早々お目にかかれない、圧巻のスケール感だ。しかもそこにさまざまな登場人物たちの実存的な問題まで絡んでくるという構成力の高さで、『姑獲鳥の夏』に始まる京極夏彦の百鬼夜行シリーズを彷彿とさせる。

 さらに「比嘉姉妹シリーズ」の面白さとして、社会的なテーマを巧妙な手つきで埋め込んでいることも挙げられるだろう。とくにイクメンアピールをしているが実は根深い男尊女卑思想を持っている夫、家長を気取って妻や娘をモノ扱いしている夫など、男性の罪を浮き彫りにするような描写が印象深い。

 大昔から「女性の怨念が怪奇現象を引き起こす」という怪談が量産されてきたように、ホラーには男性目線で作られる作品が多くあるが、澤村はそうした問題にかなり自覚的だ。女性の怨念を描くとしても、そうした境遇に追い込んだ男性の存在、ひいては家庭や社会の歪みを誠実に表現しようとしている。言い換えれば澤村作品の恐怖は、血塗られた怪物そのものではなく、それを生み出す人間社会の暗部に潜んでいるのだ。

 ちなみにこのテーマ設定は、アリ・アスター監督の『ミッドサマー』を筆頭とするA24の映画にも通じているように思われる。時代の最先端を切り拓くホラー作品として、同時多発的なシンクロを起こしているのかもしれない。

 秀逸なホラーでありながら、現代的なテーマも上手く盛り込まれている「比嘉姉妹シリーズ」。もし2作目の『ずうのめ人形』以降の実写映画化が実現すれば、大きなムーブメントにつながるのではないだろうか。令和のホラーブームでふたたび脚光を浴びることを願うばかりだ。

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