「弔い」をテーマにしたファンタジー『死体担ぎのネム』はなぜ面白い? web漫画サイト「くらげバンチ」掲載の注目作

 選分つかむの初連載作『死体担ぎのネム』が注目されている。本作は「ダンジョンの遺体回収屋」というユニークな職業に光を当てたファンタジー作品だ。

 冒険の舞台は、数々のモンスターや危険がひしめくダンジョン。そこで遭難したガレンが出会ったのが、主人公ネム――通称「死体担ぎ」である。彼女の仕事は、奥地で命を落とした冒険者や住人の遺体を回収し、遺された者の元へと帰すこと。人々の「死体でもいいから帰ってきて欲しい」という切なる願いに応えるため、今日も彼女は危険地帯へと足を踏み入れ、亡骸を担ぎ続ける。

 「死者の無念を担いで歩く」というフレーズが象徴するように、本作はただの冒険譚ではない。戦利品や名声を求める冒険者たちとは異なり、ネムが背負うのは栄光ではなく死者の重みだ。その姿は孤独でありながらも力強く、読者の心に静かな余韻を残す。ダンジョンを舞台としつつも、物語の核にあるのは「生者と死者のつながり」という普遍的テーマである。

 作者の選分つかむ氏は「感動的な展開を作るために死を利用したくない。弔いはあくまで亡くなった人のためにある」と語っている。この意識が、作品全体の基調を決定づけている。

 今回の作品でまず特筆すべきは死をめぐる描写の誠実さだ。ファンタジー作品ではしばしば「死」が軽々しく扱われがちだが、本作はその逆で、死者を大切に扱う者の視点から冒険世界を描く。だからこそ、戦闘や探索といった派手さは抑えられていても、読み進めるほどに胸を打つ厚みがある。ネムが背中に担ぐ亡骸は、単なる物ではなく、その一人ひとりに人生があり、遺された人々がいる。その事実を物語は丁寧に掬い上げる。

 選分氏はこの点についても「ネムが背負っているのは“荷物”ではなく、確かに生きていた人間だという感覚を読者に伝えたい」とコメントについても、作者のまなざしが死者個人に向けられていることがわかる。

 さらに、選分つかむの筆致は新人とは思えない確かさがある。緻密な背景描写と、どこか寂しげで不思議な魅力を持つネムの表情。絵柄の柔らかさが、むしろ死体を担ぐという重苦しい行為との対比を際立たせている。死を背負いながらも淡々と歩く彼女の姿には、不思議な美しさとカタルシスが漂う。

 作者自身も「余白を大切にしたい。描き込みすぎず、読者が想像できる空間を残すことがキャラクターの強さにもつながる」と言及しており、ビジュアル面でも“静けさ”を重んじている。

 同時に、作品は死と向き合うことの意味を静かに問いかけてくる。「なぜ人は死者を弔うのか」「なぜ遺体を持ち帰ることにこだわるのか」。そこには単なる儀礼ではなく、亡き人を“帰らせる”ことで生きている者の心を救うという深いテーマが込められている。ダンジョンファンタジーの枠を超えて、人間存在の根源に迫る物語といえるだろう。

 選分氏が語る「問いに明確な答えを与えるのではなく、読者と一緒に考え続けたい」という姿勢が、この物語を説教臭くせず、むしろ読者に深い余韻を残している。

 選分氏はこれまで読切「パック牛乳って温められますか?」「勇者のつくりかた」で注目されてきたが、本作で一気に才能を開花させた。初連載とは思えない完成度とオリジナリティに、今後の展開への期待は高まるばかりだ。第2巻以降ではネムの過去や、遺体回収屋として生きる理由が掘り下げられるのか――読者の関心は尽きない。

 この点について選分氏は「ネムの背景は少しずつ明かしていきたい。一気に語るのではなく、物語の流れの中で自然に見えてくる形にしたい」とコメントしている。

 『死体担ぎのネム』は、冒険と死をめぐるファンタジーに新たな視点をもたらした意欲作である。勇敢さや華やかさではなく、ひたむきに「死者を背負う」姿を描くことで、逆説的に“生きる意味”を照らし出す。ダンジョンの闇を歩く彼女の背に、私たちは重くも尊い人間の営みを見出すのだ。

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