『姫様“拷問”の時間です』が発明したフォーマットとは? 読者に笑いと優しさをもたらした6年の連載大団円

 「拷問の時間です」。聞けば誰もが恐怖に震えるはずの言葉を、聞くだけでよだれが出てくるものに変えてしまった漫画が春原ロビンソン(原作)、ひらけい(漫画)による『姫様"拷問"の時間です』(集英社)だ。8月19日更新の「週刊少年ジャンプ+」に掲載された「拷問282」で6年余りの連載を終えたこの漫画のなにが画期的だったのか。どこが面白かったのか。

"拷問"と言う名のささやかな日常の幸せ

 魔王軍に捕らえられた王女にして国王軍第三騎士団"騎士団長"の姫に危険が迫る。魔王軍の最高位拷問官、トーチャー・トルチュールが「姫様"拷問"の時間です」と言って来た。トーチャーは中世の拷問具「鉄の処女」によく似た器具の前を開いて何かを取り出した。それは、殴られれば痛いハンマーではなかった。斬られれば血が出る剣でもなかった。ほかほかのトースト、それもバター付きだった。

 見るからに美味しそう。というより美味しいに決まっている。だからといってそこは国王軍第三騎士団"騎士団長”の姫様、これしきの拷問に屈するものかと見せておいて、すぐさまトーチャーがビーフシチューを食べた後の皿を取り出し、残ったシチューをトーストで拭って美味しそうに食べる。これに「わあああああ」と叫んで姫様が屈する展開へと繋いで、やっぱりダメだったねっと笑いを取りに来るのが『姫様"拷問"の時間です』の連載第1話、「拷問1」の展開だ。

 いかにも美味しそうな食べ物で釣って引っ張って楽しませて笑わせようとしているんだ。そう思ったらさらに続きがあった。屈した姫には用はないとばかりに放り出すなんてことはせず、一緒になってトーストパーティーを始めるのだ。敵対しているはずなのに平和的で家族的な姫と魔王軍の関係を、意思を持つ聖剣"エクス" が常識的なツッコミを入れてもっと大きな笑いをもたらす。そんなフォーマットを「拷問1」の段階で"発明"してのけた時点で、『姫様"拷問"の時間です』の成功は約束されていたと言って過言ではない。

 以後、展開は中級拷問官の陽鬼と陰鬼が加わってトーチャーも入れた3人で姫様といっしょにゲームをするエピソードを入れて、食べ物で釣るだけではないことを分からせた。猛獣使いのクロルを登場させて小さなクマをいじめる姿に姫様が動揺する様子を見せつつ、実はクロルが苦しんでいるという展開も描いて、魔王軍の面々の見かけによらない優しさを感じ取らせた。

 そんな展開からは、もちろん意外性からくる笑いが浮かんでくるが、同時に、美味しいものを食べたり、いっしょになってゲームで遊んだり、動物を可愛がったりする日常の実に幸せそうな様子が感じ取れて、ささやかな楽しみを味わいながら毎日を平穏に暮らしていきたいと思わされた。ジャイアントという名の大きな女性が温泉にいっしょに浸かってくれて、抱きしめてくれるなんて苛烈な戦場で戦い続けてきた姫様でなくても、身を委ねてみたくなるシチュエーションだ。

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