『翻訳者の全技術』はあらゆる仕事に応用できる? 山形浩生の新書に学ぶ、「永遠の二流」の“仕事術”
スペシャリストではなく、ジェネラリストであれ
山形浩生は1964年生まれ。開発援助コンサルタントとして活動する一方で、SFから経済まで幅広いジャンルの翻訳・執筆活動を行っている。トマ・ピケティ『21世紀の資本』や、ジョージ・オーウェル『一九八四』など、話題になった訳書も多数ある。
『翻訳者の全技術』は、今年の2月に刊行された新書だが、これがすこぶる面白い。前述のバロウズの翻訳の逸話などはその一例にすぎず、全編にわたって、本好き、とりわけ、海外文学やSF好きの琴線に触れるような内容になっている。
また、同書では、翻訳にまつわる話だけでなく、山形流の読書術・仕事術も記されており、書名とは直接関係のない話ではあるが、むしろこちらの方が、私には興味深かった。
たとえば、最初から大きな仕事を成し遂げようとするのではなく、小間切れでもいいから、自分が関心のある部分から始めていけば、やがて「部分」ではなく「全体」が見えてくるということ(読書の場合でいえば、いわゆる“積ん読”で満足するのではなく、関心のある部分だけでもいいから、あるいは、最初と最後だけでもいいから、とりあえず読んでみること)。そして、「スペシャリストではなく、ジェネラリストであれ」ということ。
山形は昔から「永遠の二流」といわれているそうだが、幅広いジャンルに通じているがゆえに、時おり、何かの拍子にそれらがつながり、「世界一」になることがある。それは「三日天下」で終わるかりそめの栄光かもしれないが(というのも、やがてどこからか「専門家」が現れて、そのジャンルを進化/深化させてしまうため)、たとえわずかな期間だけでも、1つの分野のトップでいられることは重要だ。
そのための極意(?)として、山形は同書の中で、「複数分野の中間地点を狙え」と書いているのだが、まさにその通りで、いまから既存のジャンルの頂点に立つのは無理だとしても、複数のジャンルが交差する「隙間」に生じる新たなジャンルでなら、場合によっては、“最先端の人”になれるかもしれない(余談だが、山形同様、翻訳家として出発した荒俣宏も、『すぐ役に立つものはすぐ役に立たなくなる』という本の中で、隙間を狙うことの重要性を説いている)。
全ての仕事をする人々に読んでほしい一冊
もちろんこれは、翻訳家や出版業界の人間だけでなく、あらゆる仕事をする人々にとって応用の効く考え方だろう。そう、「専門馬鹿」になるのではなく、「永遠の二流」として、常に複数のジャンルに関心を持ち、かつ、手を出してみること。そんな好奇心と行動力が“新しい仕事”につながる可能性も充分あるのだ。そういう意味では、同書のタイトルは、『翻訳者の全技術』ではなく、『山形浩生の仕事術』とでもしておいた方がよりわかりやすかったかもしれない。
いずれにせよ、これから何か新しいことを始めようとしている人たちや、人生も折り返し地点に来て、いまさら勉強でもあるまい、などと考えているような人たちに、ぜひ読んでほしい一冊である。