作家・岸田奈美が驚いた“言語化しない”プナンの生き方 話題書『何も持ってないのに、なんで幸せなんですか?』刊行記念レポ

岸田奈美の文体はネット掲示板で培われた

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吉田:さて、ここからは奥野先生も交えてトークをしていきたいと思います。奥野先生は、岸田さんにどうしても会いたかったんですよね。

奥野克巳(以下、奥野):ええ。著書を2冊読ませていただいて、素晴らしいなと思いました。岸田さんの文体は鮮烈ですよね。びっくりさせるようなフレーズが多いというか。

吉田:確かに。『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)では、家族の窮状を表現する時に、思いきり『進撃の巨人』という漫画タイトルを使ったり。

岸田奈美『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)

奥野:ギリギリというか、本当は書いちゃいけないかもしれないことを飄々と書かれているのが面白いです。

岸田:その辺りは、私がインターネットで育ってきた影響が大きいかもしれないですね。私は7歳でパソコンを始めて、リアルよりネット掲示板の方が、友だちが多かったんです。ネットって懐がめちゃくちゃ広いから、時事ネタとかをいじって通じ合える部分があるんですよ。

吉田:ネット掲示板って、大量の文脈が発生しているじゃないですか。ここから、ものすごく無理やりプナンにつなげますが、我々は今、情報のジャングルみたいなところに住んでいると思うんですよ。

岸田:そうだと思います。

吉田:情報のジャングルに住んでいる人たちは、上手く暮らせている人がいる一方で、バタバタとダメになっていく人もいる。リアルでも同じで、我々が身一つでジャングルに行ってもすぐに倒れてしまうけど、子どもの頃からジャングルで育っているプナンは、何日でもそこで過ごせるわけですよ。

 つまり何が言いたいかというと、子どもの頃からネットに親しんで、鮮烈なフレーズや、面白さのツボをつかんできた岸田さんは、情報のジャングルにおけるプナンと言えるんじゃないでしょうか。

岸田:ネットは楽しい場所ですからね。SNSが物騒になったって言う人もいるけど、困っている人にはずっと変わらず優しいですし、楽しくなるためにある場所なので。

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岸田:うちの弟はよく喧嘩をするんですが、プナンも喧嘩をするんでしょうか?

奥野:喧嘩はしますけど、口喧嘩ですね。プナンに20年通っていますが、暴力を振るっているところは見たことがありません。

吉田:プナンは、激しい喧嘩をした次の日も一緒に狩りに行くそうですよ。

奥野:そうですね。何事もなかったかのように仲良くしています。

岸田:それって、本当にわだかまりが消えるのか、それともその共同体で一緒に暮らすしかないから何事もなかったかのように振る舞うのか、どっちでしょう?

奥野:後者ですね。つまり、喧嘩した相手とも、何だかんだで付き合っていかないといけないから仲良くするんです。

岸田:なるほど。今って、人間関係を切る時代だと思っているんですよ。親も友だちも含めて、付き合う人を選ぶ時代。でもそれだと、自分にとって気持ちのいい関係ばかりを追い求めていくことになりますよね。

奥野:エコーチェンバー(自分と似た興味関心を持つユーザー同士が集まることで、同じような意見ばかりが返ってくる状況)ですね。

岸田:それって「本当にいいことなのかな?」って思うんですよ。どれだけ嫌な人がコミュニティーにいても、「こいつらと生きていかないといけない」っていう覚悟から生まれる諦めみたいなものは、必要じゃないかと感じていて。そうじゃないと、人のことを本当に理解したり、一緒に生きていったりできないのかもしれないな、って最近思い始めているんです。

吉田:僕が会社辞めない理由はそれなんですよね。会社を離れれば「この人とは相性が合わないな」と感じる人とは、もう仕事をしなくて済むようになるはず。それでも、なんとなく辞めちゃいけない気がして、会社員を続けています。

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