作家・岸田奈美が驚いた“言語化しない”プナンの生き方 話題書『何も持ってないのに、なんで幸せなんですか?』刊行記念レポ

 作家・岸田奈美、文化人類学者・奥野克巳、ニッポン放送アナウンサー・吉田尚記によるトークイベント「何も持ってないけど、家族みんなで幸せに生きてます。」が、4月にブックファースト新宿店で開催された。

奥野 克巳、吉田 尚記『何も持ってないのに、なんで幸せなんですか?──人類学が教えてくれる自由でラクな生き方』(亜紀書房)

 このイベントは、奥野克巳氏と吉田尚記氏による共著『何も持ってないのに、なんで幸せなんですか?──人類学が教えてくれる自由でラクな生き方』(亜紀書房)の刊行を記念して行われたもの。

 ボルネオのジャングルで暮らす狩猟採集民「プナン」との出会いをもとに、2人が語り合った内容を1冊にまとめた本作では、ウェルビーイングから下ネタまで多彩な話題を通して、「何も持たない」プナンの豊かさに迫っている。

 今回のトークショーでは、河合優実主演でドラマ化もされた『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』の原作者として知られる作家・岸田奈美氏をゲストに迎え、本書の内容や“プナン的な生き方”についてクロストークを展開。その模様を抜粋・編集してお届けする。

「トラブル」と「ウェルビーイング」は両立する

石川 善樹 (著), 吉田 尚記 (著)『むかしむかし あるところにウェルビーイングがありました 日本文化から読み解く幸せのカタチ』(KADOKAWA)

岸田奈美(以下、岸田):よっぴーさんは、『なにもた』にもゲストとして登場する、予防医学研究者の石川善樹さんと、『むかしむかし あるところにウェルビーイングがありました 日本文化から読み解く幸せのカタチ』(KADOKAWA)で対談されたじゃないですか。この本には、未来の予測不可能性を減らすことが、ウェルビーイング(=心身ともに満たされた幸福かつ健康な状態)につながるって書いてあるんですよね。

要するに、絶望するような状況に陥っても、「前にちょっと経験したな」とか、「これちょっと知ってるな」って思ったら、サプライズ度が下がるというか。私は毎日のようにトラブルに遭遇する女なんですけど、困難を経る度に強くなっている気がするんです。

吉田尚記(以下、吉田):そうそう。僕はこの本でウェルビーイングの話をめっちゃしているんですけど、トラブルとウェルビーイングは相反するものじゃなくて、両立するんですよね。

岸田:私は、おばあちゃんが認知症になっちゃって、一番しんどかった時のことを、『もうあかんわ日記』(ライツ社)という本に書いたんです。しんどい状況を日記に記録したおかげで、今はつらいことが起きても「このつらさって何日ぐらい寝て起きたらなくなってるな」って予測できるんですよ。

吉田:えっ!? つらさがなくなるまでの期間がわかるんですか?

岸田:わかりますね。一流の航海士が、雨雲を見て「1時間後には時化がおさまるな」って予測するみたいな感じです。

吉田:『ONE PIECE』のナミじゃないですか。あっ、岸田さんも“奈美”じゃん!

岸田:ふふふ(笑)。

岸田:……何の話でしたっけ? そうそう、よっぴーさんの本を読んだ時に「そうか、私は未来のサプライズを減らしてるんだ」って思ったんです。トラブルに遭遇するたびに「よしよし儲けた、経験値を得たぞ」って思えばいいんだって。

「YOUは何しに?」とは聞かないのがプナン流

岸田:プナンは、言語化をあまりしないんですよね。「楽しいから生きている」とも言わない?

吉田:言わないんですよ。例えば、プナンがいきなり日本に来たら、岸田さんは「何をしに来たの?」ってまず聞きません?

岸田:「YOUは何しに日本へ?」

吉田:そうそう、まさに。ところが、プナンはそうじゃないんです。僕は2年前にプナンに行ったんですけど、「何しに来たの?」とは一切聞かれませんでした。彼らにとって、自分たちのところに人が来るというのは、文字通り「人が来る」なんですよ。

岸田:現象としてそれが起こっているというか。

吉田:この精神性は、実はプナンに限ったものじゃないんですよね。僕が文化人類学に触れるきっかけになった『ピダハンーー「言語本能」を超える文化と世界観』(みすず書房)っていう本があるんです。

ダニエル・L・エヴェレット『ピダハンーー「言語本能」を超える文化と世界観』(みすず書房)

 この本の著者である、宣教師のダニエル・L・エヴェレットは、布教のためにアマゾンの奥地に暮らすピダハンの住む地に赴きます。でも、いくら教えを説いてもピダハンはキリスト教徒になってくれないんですよ。エヴェレットは「なんでなんだ」って頭を抱えるんですけど、ピダハンをずっと見ていたら楽しそうだから、これはキリスト教よりピダハンが正しいと考え直して、最終的に棄教するんです。

岸田:えっ! 棄教までしちゃう!?

吉田:アマゾンに奥地まで布教に行くほど敬虔な信徒だったのに。そのピダハンも、やっぱり「何しに来たの?」って一度も聞かなかったんですって。

 エヴェレットは、なぜ訪れた目的を尋ねられないのか不思議に思って、自分からピダハンに「なんで俺がここに来たと思う?」と聞きました。そうしたら、「当たり前じゃないか。マイシ川はきれいだし、ピダハンはいい人間だからだ」って答えが返ってきたそうです。

岸田:いいところだから来るのは当然ですよね、っていう。

吉田:こんなに楽しいところ来ないわけないじゃん、みたいな。

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