連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2025年3月のベスト国内ミステリ小説
今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。
事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は三月刊の作品から。
梅原いずみの一冊:堀井拓馬『わたしを呪ったアレ殺し』(角川ホラー文庫)
ホラーミステリ好きの皆さん!堀井拓馬、7年ぶりの長編ですよ!!生々しい怪異描写、健在ですよ! 幼い頃に参加した祭りの夜以降、〝アレ〟に呪われてしまった宮間芽衣。大学生になった彼女は〝呪いを殺す〟方法を求めて、恋人の恭一、中学時代の先輩・千璃と父方の郷里を訪れる。拡散する呪い、閉鎖的な集落に土地神の祟り。題材こそホラーの王道だが、気を抜くなかれ。すべてのピースが揃い、謎が解かれた後で、著者の仕掛けが動き出す。「あなたがあなた自身を守るためのお手伝いを」。千璃の言葉、題名の真意に唸ってしまう。
千街晶之の一冊:衣刀信吾『午前零時の評議室』(光文社)
ヘンリイ・セシルの『法廷外裁判』や西村京太郎の『七人の証人』など、正式な法廷ではない場に法曹関係者や証人などを集めて勝手に裁判を行う設定の、「私設裁判もの」と言うべきミステリの系譜が存在する。衣刀信吾の『午前零時の評議室』もそこに連なる一作だが、この作品の凄さは、そこまでやるかと言いたくなるほどの徹底した伏線回収にある。結末に至って、あれもこれも伏線だったと思い知らされて茫然としてしまう。帯の惹句に「法廷×デスゲーム×本格ミステリ」とあるが、何よりもまず本格ミステリのファンに読んでほしい逸品だ。
若林踏の一冊:若竹七海『まぐさ桶の犬』(文春文庫)
私立探偵・葉村晶が活躍するシリーズ、約5年ぶりの新作だ。葉村はコロナ禍によって探偵仕事が激減し、書店のアルバイトと近隣住人から頼まれた雑事をこなして糊口をしのいでいる、というところから話は始まる。現実味に溢れた探偵の苦労を描いている点がこのシリーズらしくて実に良い。複雑な構造を持つ作品で、大小さまざまなエピソードが濁流のように押し寄せてくる。その錯綜ぶりに翻弄されつつ、読者は物語の全体像を掴めるまで頁を捲り続けることになるだろう。捻ったプロットで楽しませてくれる点もまた、このシリーズらしい。
橋本輝幸の一冊:逢坂冬馬『ブレイクショットの軌跡』(早川書房)
2冊の歴史小説で実力を評価された著者の新作は、もっぱら現代日本が舞台の群像劇だ。章ごとに8人の男たちの人生が交錯する。
ブレイクショットとはビリヤードの初手の意味で、作中では高級多目的スポーツ車の名前である。本書は1台の中古車と登場人物の変転を追うクライムフィクションなのだ。人が悪事への加担や傍観をせまられるとき、はたして何が背中を押し、何が思いとどまらせるのか。若者たちに未来がある結末が心地よい。また、ヒロイン役ではない、相棒や先輩として頼れる女性キャラクターの存在も独特の味わいに貢献している。