【試し読み】2025年本屋大賞「超発掘本!」で注目! 誰も見たことのない「モノ」を可視化する『ないもの、あります』が面白い


 初出は『月刊アドバタイジング』(電通)の1998年5月号。30年近く前から愛好されてきた作品だが、「架空の雑貨店」という設定は異世界ファンタジーを中心とした近年のライト文芸のトレンドと響き合うところが大きく、その魅力は色褪せるどころか、若い読者にも新鮮に届くはずだ。加えて、現代における大小さまざまな問題に対する「心構え」を学べる作品でもある。

 本作を手がけたのは、吉田浩美と吉田篤弘による制作ユニット「クラフト・エヴィング商會」で、この作家名がそのまま店舗として登場する。古今東西からこの世のさまざまな「ないもの」を取り寄せており、それぞれにクールなデザインと洒落たエピソードを添えて、読者の想像力を刺激するのだ。

 商品番号1番の「堪忍袋の緒」を見てみよう。一見なんの変哲もない、硬く結ばれた紐というビジュアルだが、下町の職人が手作りしているというエピソードとともに鑑賞するとリアリティがある。

 昔ののんびりとした時代とは違い、時代の変化とともに「堪忍袋」に押し込むものが多くなってきたため、ワンサイズ上の袋を求める問い合わせが増えているという。しかし、本来は生まれ持った「大きさ」でなんとかやっていけるはずで、無理が生じた際に“切れ具合”で異変がわかる「緒」を開発した、という話だ。インターネットの普及が加速していた1998年当時の問題意識も反映されたエピソードだが、令和になった今も頷ける内容だろう。

 これに象徴されるように、本作はファンタジー的な想像力をかき立てるものでありながら、そのアイテムだけでなんらかの問題が根本的に解決するような世界観ではない。商品番号7番の「地獄耳」においても、「自分がどう思われているか」を過剰に気にする人に向けた商品として紹介されているが、実態は逆に周りの声をいったん遮断し、自分と向き合って他人の声を聞くための「心構え」を培うための耳栓だ。

 まえがきに<この世のさまざまなる「ないもの」たちを、古今東西より取り寄せまして、読者の皆様のお手元までお届けいたします>との一文があるが、実際、クラフト・エヴィング商會が取り扱う「ないもの」は、異世界ファンタジーのチートアイテムとも、ドラえもんのひみつ道具とも違って、実は心の持ちようで“手に入れる”ことができるものばかりだ。

 絶妙なユーモアとセンス、そして心の余裕と優しさが生み出した本作にはやはり普遍的な魅力があり、今後も読み継がれていくだろう。

■書誌情報
『ないもの、あります』
著者:クラフト・エヴィング商會
価格:990円
発売日:2009年2月10日
出版社:筑摩書房

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