アトラスはいかにして尖った作品を世に送り出してきたのか? さやわかが語る、RPGのつくりかた

さやわか『RPGのつくりかた——橋野桂と『メタファー:リファンタジオ』』(筑摩書房)

 『世界を物語として生きるために』『僕たちのゲーム史』『文学の読み方』などの著作で知られるさやわか氏の新刊『RPGのつくりかた——橋野桂と『メタファー:リファンタジオ』』(筑摩書房)は、著者がゲームクリエイター・橋野桂に7年にわたる取材を行い、アトラスの最新作『メタファー』ができるまでの軌跡を追った、これまでに類を見ないルポルタージュだ。

 『真・女神転生』シリーズや『ペルソナ』シリーズなど、斬新なJRPGを次々と世に送り出し、世界中に熱狂的なファンを獲得してきたアトラスは、どのような「ものづくり」を行なってきたのか。その真髄にはいかなる思想があるのか。著者のさやわか氏にインタビューした。(編集部)

アトラスは“ザワッとするゲーム”を作る会社

ーー『RPGのつくりかた』は濃密なルポルタージュで、ゲームに限らず「ものづくり」に関心を持つ多くの人に届く内容だと思います。業界でも尖った存在感のあるアトラスの作品とはどんな形で出会ったのでしょうか。

さやわか:僕が『女神転生』と名を冠したゲームを最初にプレイしたのはファミコンの『デジタル・デビル物語 女神転生』(1987年)でしたが、最も印象的だったのは現在の「アトラス」ブランドでリリースされた『真・女神転生』(1992年)を、大学時代にスーパーファミコンを買い、ようやくプレイできたときでした。僕はゲーム機を持っていない頃からゲームの攻略本を読むのが好きで、『真・女神転生』についても従兄弟にもらった本を読み込んでいたんです。その時から「このゲームには何かある」と感じていて、いちおうネタバレはしませんが、実際にプレイして終盤の展開に非常に驚かされたんです。アトラスはそういう“ザワッとするゲーム”を作る会社だと認識していました。

ーーそのキーマンである橋野桂氏についてはいかがでしょうか。

さやわか:橋野さんは『ペルソナ』シリーズのディレクションを、第3作目の『ペルソナ3』からつとめられていて、それをプレイした際の印象はよく覚えています。以前から僕が好きだった、ダークでギスギスしたところのある学園ジュブナイルを『新世紀エヴァンゲリオン』より新しい、2000年代のものとして語り直しているのが素晴らしかった。残念ながら世の中は90年代以前よりゲームをやらなくなっており、時代を表現するフィクションは、ライトノベルやアニメに集中していたなかで、暗い話ではあるものの最後に前向きさを示すゲーム作品を作ってくれたことに感動して、これがどんどん広がっていけばいいと思いました。橋野さんが作るゲームには、アトラスがもともと持っていた「時代に何かをぶつけてやろう」という企みがあり、常に動向が気になるクリエイターだったんです。

 橋野さんと最初にお目にかかったのは『キャサリン』(2011年)を発表したときで、そこで面白がっていただき、本作『メタファー』の制作に際した配信番組にも呼んでいただいて。それとは全く違うルートで筑摩書房さんから今回の本のお話をいただいて、率直に「自分が一番上手くできる仕事だ」と思って、これ幸いとお受けしたというのが執筆の経緯です。

ーー「ゲームができるまで」をここまで詳細に追いかけたコンテンツは見たことがありません。特にアトラスの尖った作品がこれほど細やかに議論が尽くされた上で制作されているというのは驚きで、例えば『メタファー』は「選挙」が大きな要素になっていますが、「立候補という行為が中世ファンタジーの世界観ではどのように起こるか」ということから考えられていたと。

さやわか:橋野さんの発想としては、そこまで考えて作られていた方がプレイヤーは「うれしい」じゃないかと。僕からすれば「中世ファンタジーの中で選挙を描く」というアイデアが浮かんだ段階で、「面白いじゃん、それでいこう」と思ってしまいそうですが、そこで終わらずに整合性を検討して、「これは魔法であって、人々は必ず投票しなければならない」ということまで考える。きちんと考えてぶっ飛んだ作品にしているというか、アトラスは奇抜なことをちゃんと「奇抜です」という枠の中に入れてくれるんです。手のひらの上で「メチャクチャだ!」と思わされるーーまさにエンタメとはこういうものだと思います。

ーーひとりのぶっ飛んだ発想で生まれたものではなく、ディティールまで組織で練り上げられたものだからこそ、再現性がある。

さやわか:アトラスはそういう会社だと思います。僕は漫画の仕事もしますし、サブカル界隈の取材をよくしていますが、「ひとりの大天才が神通力を発揮して作った」という話がみんな大好きなんですよ。メーカーからしても、ブランディングとして神格化できた方がいい。しかし実際の話、ゲームは基本的に集団制作です。インディーゲームはまた別として、100万本、200万本と売れるものを会社で作るとなれば、ひとりのクリエイターが神通力を発揮してできるものでなく、チームプレイが必要になる。そのなかでクリエイターの個性が際立った作品をどう作るか、ということに挑んできたのがアトラスであり、橋野さんだと思います。ある種の際立った感じ、尖ったイメージを含めながら、しかし大衆作品になっているというバランス感覚がこのチームの特徴なのかなと。

ーーそのなかで、橋野さんは明確なリーダーシップがありながら、とにかくあらゆる人に意見を聞くという珍しいタイプですね。

さやわか:それが面白くて、本人は常に謙遜にされますが、すごいリーダーだと思います。困ったことがあれば確実に答えを出してくれるが、基本的には「どう思う?」と各担当に任せる。チームの人たちはまた違うイメージを持っているかもしれませんが、非常に優しい人で、すごいチーム運営をしていると思いました。

ーー本書はリーダー論としても読むことができます。橋野さんの生い立ちから詳細に語られており、「彼だからできる」という印象もありますが、そのリーダーシップに再現性はあるでしょうか。

さやわか:もちろん、橋野さんならではという部分は大きいと思います。ただ、普遍的に言えることとしてなるほどなと思ったのは、「自分一人で抱えるとかえって工数が嵩む」と。多くの人数と多額の資金を投入してものを作るとき、リーダーがボトルネックになって仕事を止めてしまうというリスクを回避する必要がある。自分が丸抱えするのは自己満足だからやめよう、という発想は、一般に通じることだと思います。

見たことがない面白い本になった

ーー『ペルソナ3』を全力で主導的に作った上で、リリース後に周囲に指摘されて問題だったと納得することが多かった、というエピソードも語られています。あれだけ成功した作品に反省点を見出しているのもすごいと思いました。

さやわか:そういう「失敗」から学んだエピソードも多く語ってくれましたね。結局、世に出た後で「こうすればいいと思っていた」と言われて、「なんで言ってくれなかったの?」と言っても意味がない。だから、橋野さんはとにかく人にものを聞くということにしたんでしょう。

ーー象徴的なのは、終盤の調整作業でテストプレイしたスタッフから上がってくるフィードバックの話です。

さやわか:「Trac」という開発ブロジェクトの管理ツールで「チケット」として意見を投稿する形ですが、最終的にはそれが8000枚近くに上ったと。その中からくじ引きのようにランダムで選んだ意見が、「街で同じモデルの歩行モブが、なるべく同時に出現しないようにしてほしい」という、かなりちゃんとした指摘でした。すべてのチケットを最終的には橋野さんがクローズしなければならない状況の中で、優先順位を明確につけつつスタッフに割り振り、各人の作業量を把握しているというお話でしたね。

ーーより大きな問題に対処するため、許容できる問題については「感想あつかい」として担当スタッフに対応を任せる形になっていると。「歩行モブ」のチケットも感想あつかいとして処理されていますが、「感想あつかいのチケットが放置されがちになるという懸念はないか」という突っ込んだ質問から、非常に現実的で深い議論がなされています。

さやわか:普通のクリエイターインタビューであれば聞きづらいことですが、「この本は成功譚ではないので」という顔をして、多くのことをシレッと聞かせてもらいました(笑)。歩行モブの問題については許容できる場面もあり、橋野さんの感覚として、「このゲーム、出来がわるいな」という印象には直結しないだろうと。また、対処しようとすると大掛かりにならざるを得ず、場合によっては自分が引き受けて「仕様判断」ーーつまり「目をつぶる」という判断をする必要が生じるチケットもあるということで、言いにくいこともすべて言ってくれました。もしかしたらゲーム業界の人から見たら普通のこともあるかもしれませんが、素朴なルポルタージュの“なんでも見てやろう精神”で臨んだ取材でもあり、僕自身が驚いたことはそのまま書かせてもらっています。

ーー橋野さんというスタークリエイターに密着するという話が、これだけ微に入り細に入り制作に入っていって、最終盤に至ってはこれだけの苦労の物語になると想定していましたか。

さやわか:いえ、そこは「出たとこ勝負」だったので、振り返ってみてありがたいことだと思います。アトラスの監修を受けるなかで、広報的には伝える必要がない話も多く、それでも「いいね」「面白いね」と言ってもらえる。この本が存在しなくても『メタファー』は売れていますし、会社のメリットになるようにコントロールしてもいいのに、それをしないというか、むしろ僕の本として「面白い作品にするため」のコントロールを利かせてくれる。普通の「公式の開発本」であればこうはならないし、ゲーム会社であるアトラスのクセも、ゲームクリエイターである橋野さんのクセも、ライターとしての僕のクセも出ていて、見たことがない面白い本になったと思います。

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