ボブ・ディラン 片岡義男、村上春樹、伊坂幸太郎……日本文学への多大な影響 映画『名もなき者』の前におさらい

伊坂幸太郎『アヒルと鴨のコインロッカー』でも重要な存在に

 けれどもボブ・ディランは消えなかった。シンガーとして歌い続けライブ活動から退くこともなく、日本にも何度もやって来た。1990年代以降の激動の中で「風に吹かれて」はプロテストソングとしてより強く意識されるようになっていった。

 2003年に刊行された伊坂幸太郎の『アヒルと鴨のコインロッカー』(東京創元社)では、主人公の椎名が口ずさむ歌として「風に吹かれて」が登場して、閉塞感の漂う暮らしの中に救いを求めたくなる気持ちを誘う。映画では「風に吹かれて」となっていた、椎名がコインロッカーに閉じ込める「神様」の歌として、小説では「ライク・ア・ローリングストーンズ』も登場する。ボブ・ディランが残してきた膨大な言葉と音楽は、薄れながらも社会に溶け込み遍在していて、ふとした弾みで浮かび上がる。

 村上春樹が何度も受賞を取り沙汰されたノーベル文学賞にボブ・ディランが決まった時、村上春樹のファンにはなぜと思った人もいただろうが、ボブ・ディランなら仕方がないといた気分の方が強かった。これで改めて大復活を遂げたかというと、ライブの方は続けながらホールが中心で、派手な演出も行わないで淡々と歌い続けている。同じようにポピュラー音楽の歴史を変えたビートルズのポール・マッカートニーやローリング・ストーンズがド派手なドームツアーを繰り返すのとは対称的だが、そこがいかにもボブ・ディランらしい。

 そもそも引退することなく現役で歌い続けていることが、83歳という年齢を考えれば凄いことだ。最近も2023年に来日してホールツアーを行った。映画『名もなき者』が世界的に大ヒットされたからといって、映画『ボヘミアン・ラプソディ』(2018年)の大成功を受けて世界ツアーを行ったクイーンのような大きな動きはないだろう。それでも、気が乗ってひょいと日本に来てくれるかもしれない。

 その時は、古くからのファンから村上春樹や伊坂幸太郎で知った世代に映画で感動した世代も加わって、とてつもない盛り上がりを見せることだろう。

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