アメリカの“保安官”って警察と何が違うの? 日本人には理解しづらい欧米の警察組織を解説

FBI

 FBIは司法省に属する法執行機関だが、独自の予算や手続きを持つ半独立した組織である。犯罪捜査のほか、テロリストや敵国スパイを監視する諜報機関としての機能を兼ね備えている。特別捜査官(Special Agent)は高学歴が求められ、採用時には徹底した身辺調査が行われる。FBIはエリートのイメージがあるが、実際に彼らはエリートである。警察と違い、特別捜査官には原則として階級差が無い。

 こう聞くとFBIの方が警察より何となく偉そうだが、思い出してほしいのが「アメリカの警察組織はそれぞれが独立した組織」だという点だ。独立した組織なので組織の大小や、人材の優劣はあっても組織同士の上下関係は無い。FBIは求められれば自治体警察に協力するし、逆に地元捜査機関に協力を求める場合もある。ロバート・K・レスラーは元FBIの捜査官でプロファイラーの草分け的な存在だが、自身の著書『FBI心理分析官―異常殺人者たちの素顔に迫る衝撃の手記』(ハヤカワ文庫)で地元捜査機関との関係には気を使っていたと記している。人気テレビシリーズ『FBI:特別捜査班』はニューヨークが舞台なので、主人公たちの所属するFBIだけでなくニューヨーク市警察などの自治体警察も登場するが、FBI捜査官が市警察に対して高圧的な態度をとるような描写は無い。仮にそんなことをしたら大問題だろう。

 FBIが登場する作品は山ほど存在するが、それを真ん中に持ってきたものとしてやはり『FBI:特別捜査班』と『クリミナル・マインド FBI行動分析課』を挙げておくべきだろう。また、FBIでプロファイラーの草分け的な存在になったロバート・K・レスラーは自身の経験を書籍にしたノンフィクション『FBI心理分析官』シリーズを発表している。レスラーはNetflixシリーズ『マインドハンター』に登場するビル・テンチ特別捜査官(ホルト・マッキャラニー)のモデルになっている。

その他の捜査機関

 そのほか、アメリカには管轄の違いによる捜査機関がいくつか存在する。

・NCIS(アメリカ海軍犯罪捜査局、Naval Criminal Investigative Service)

 海軍省傘下の法執行機関で、海軍と海兵隊内部で行われる汚職や犯罪の捜査が主だが、ほかにも様々な範囲を担当する。あまり一般に名前を知られていると言い難い組織だったが、テレビシリーズ『NCIS 〜ネイビー犯罪捜査班』の大ヒットで一気に有名なった。海軍同様、陸軍にはCID(アメリカ陸軍犯罪捜査司令部、United States Army Criminal Investigation Command)、空軍にはOSIまたはAFOSIと略称される(アメリカ空軍特別捜査局、、Air Force Office of Special Investigations)捜査機関が設置されている。

・DEA(麻薬取締局、Drug Enforcement Administration)

 司法省傘下の組織で、広範囲にわたる麻薬取引の取り締まりを行う。リチャード・ニクソン大統領の時代に創設された組織で、まだ歴史が浅い。FBI同様、DEAも自治体警察などの地元捜査機関と連携、協力して捜査を行う。

・ATF(アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局、Bureau of Alcohol, Tobacco, Firearms and Explosives)

 名称通り、アルコール、タバコ、火器、爆発物を取り締まる連邦捜査機関である。歴史は古く、そのルーツは禁酒法時代のアメリカまで遡る。映画『アンタッチャブル』などに登場するエリオット・ネスはATFの原型になった酒類取締局(Bureau of Prohibition)の捜査官で、1920年代当時は司法省ではなく財務省傘下の組織だった。

・アメリカ合衆国シークレットサービス

 大統領警護で有名だが、そのルーツは南北戦争時に偽造通貨の捜査を行うために創設された組織で、大統領警護が職務に追加されたのは20世紀以降の事である。

 ほかにもいくつか捜査機関は存在するが、キリがないため割愛する。繰り返しになるが、これらの組織に上下関係は無い。こういった管轄ごとに複数の組織が存在する都合上、これらの捜査機関は協力して捜査にあたることもある。テレビシリーズ『NUMBERS 天才数学者の事件ファイル』の主人公、ドン・エプス(ロブ・モロー)はFBIロサンゼルス支局の捜査官だが、同作には事件の性質によりDEA、ATF、連邦保安官など他の捜査機関が登場してFBIと協力して捜査にあたっていた。

イギリスの警察組織

 イギリスでも多くの刑事ドラマ、警察が登場するミステリーが発表されている。アラン・ムーアのコミック『フロム・ヘル』は歴史上もっとも悪名高い連続猟奇殺人事件のひとつ「切り裂きジャック」事件を題材としているが、この時代はイギリスの警察黎明期である。1750年代、ロンドンにイギリス初の警察組織となるボウ・ストリート巡察隊が設けられ、1829年にロンドン警視庁(Metropolitan Police Service, MPS、通称スコットランドヤード)が創設される。コミック『フロム・ヘル』に登場するフレデリック・アバーライン警部は実在の人物で、ロンドン警視庁の刑事である。実際に切り裂きジャック事件の捜査を担当していた。

 こちらはフィクションだが、シャーロック・ホームズにたびたび協力を依頼する、グレグソンもレストレードも同じくロンドン警視庁の刑事である。ロンドンには古くから自治権の強い金融街のシティにロンドン市警察(City of London Police)があるが、これはロンドン警視庁とは別組織である。ロンドン警視庁はシティを除くグレーター・ロンドン全域を管轄とする。

 警察には所属しない私立探偵のシャーロック・ホームズは、ヴィクトリア朝当時も人気コンテンツだったが、それほど「私立探偵」が人気を博したのは警察への信用度が低かった事情もあったのかもしれない。歴史と伝統の国イギリスで、事件当時のロンドン警視庁は創設されて60年ほどの新興の組織だった。19世紀当時の警察組織の最先端はフランスだった。アニメ化もされた『憂国のモリアーティ』でシャーロック・ホームズが「この国は遅れている」と言っていたが、事実、当時のイギリスの警察は少なくとも最先端では無かった。

 イギリスは最大都市のロンドンに人口も経済も一極集中している。ニューヨークほどではないがロンドンはかなりの多人種都市で、シティやカナリワーフの近代的高層ビルと歴史建築が同居したロケーションも素晴らしい。筆者は映像制作者でもあるが、二度訪れたロンドンはロケーションの面で素晴らしい都市だと思う。そうすると自然とイギリス製ミステリーもロンドンが舞台のモノが多くなる。

  その中でも首都ロンドンを舞台にして刑事ドラマで最もリアルと世評に名高いのが『第一容疑者』である。ロンドン警視庁の新人研修に使われたこともあるというほど、リアル志向で知られる作品で、逮捕令状だけを武器に刑事たちが逮捕に行く場面が実に渋い。イギリスは極端なほどの銃嫌いで、狩猟と軍隊と警察の一部特殊部隊以外は銃を持つことができない。なので、アメリカの刑事ドラマのようにダブルハンドでハンドガンを構えて突入というアクションを描くと嘘になってしまう。しかし、それをここまで徹底してやり、リアルに徹した例を筆者は他に知らない。

 日本、アメリカ同様イギリスの警察も階級がある。ヘレン・ミレン演じるテニソンの階級は「警部」と訳されていたが、原文では“Detective Chief Inspector”となっていた。イギリスも私服組、制服組で階級が分かれており、一つ下の階級の“Detective Inspector”を「警部」と訳し、“Detective Chief Inspector”は「主任警部」と訳される場合もある。これも日本の警察には存在しない階級である。翻訳者泣かせだ。

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