プロレスはいつ日本に上陸し、なぜ定着したのか? 知られざる1954年のプロレスブーム前史

 さらにもうひとつ、本書の注目したい点が、1954年の暮れに開催された「力道山対木村政彦」の一戦について、あまり今までに読んだことのない角度から言及している点だ。「昭和の巌流島」と煽られたこの日本人エース同士の一戦は、途中からリアルファイトになってしまった試合として知られ、最後には力道山が木村に対して一方的に猛攻を加え、木村は大流血に追い込まれた。ミステリアスな点も多々ある試合であり、いまだに昭和プロレス史の巨大な謎として語り継がれている。

 この伝説の一戦に対して、本書は試合の1ヶ月以上前から木村と力道山の間で戦われた舌戦から実際の試合内容に至るまで、新聞などに残された発言や試合の記録を丹念に拾い、謎に満ちた一戦の正確な姿を復元していく。さらにこの一戦を「通常のプロレスの試合」として見た時に浮かび上がってくる不合理なポイントを書き出すことで、「プロレス史に残る事件」として語り尽くされたかに見えたこの一件の真の姿を推測する。

 当事者やその場に居合わせた人々によって様々に語られているため、自分もこの「昭和の巌流島」についてはどこか伝説的な印象を持っていた。が、本書は徹底して「プロレスとしてこの試合はどうだったのか」「関係者にはどのような利害関係があったのか」「ここでこの立場の人間がこうすべきではなかったか」という点を詰めるため、徐々にロマンチックな部分が剥がれ落ちていき、「しくじった試合・しくじった興行」という側面が見えてくる。その結論がどのようなものであるかも、本書の見どころである。

 というわけで本書は、これまでの定説を大きく覆すというよりは、「いかにして定説が成立したか」という過程にスポットを当てた本である。初めて知る事実も多いし、日本の女子プロレスラー第一号である猪狩定子の証言が掲載されている点だけをとっても、プロレスファンならずとも目を通しておいた方がいいと言える。巨大なイベントであった「プロレスの成立」というドラマを理解することは、現在に続く日本の近過去の裏面を知ることと同じなのだ。

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