唯一無二の漫画雑誌を作る3つの柱とは? 「ハルタ」編集長・塩出達也インタビュー

「ハルタ」らしさにがんじがらめにならないように

――そもそも「ハルタ」編集部は現在何人体制なのでしょうか?

塩出:社員が7名、外部編集者が1名の計8名です。僕と副編集長の森岡は「Fellows!」立ち上げ時からのメンバーで、8人のうち5人は「ハルタ」以降に入ってきた編集者です。

――編集部員の半分以上が「ハルタ」以降とのことですが、編集部として変革期を迎えたなと感じたり、苦戦した出来事はありますか?

塩出:正直なかなかうまくいかない時期はありました。「Fellows!」「ハルタ」を立ち上げた初期メンバーとその後に入ってくるメンバーで熱量の差もありましたし、軌道に乗ってから入ってくるメンバーはやりにくさがあったと思います。「ハルタ」の漫画と言えばこんな感じ、というイメージを意識しすぎる傾向もありました。

 しかし最近は新しく入ってきた編集部員が力を発揮し始めてうまく回るようになってきました。

――うまく回るようになってきたというのは、ある種の「ハルタ」らしさのような、雑誌のカラーがうまく継承されているということでしょうか?

塩出:いえ、むしろその“らしさ”にがんじがらめにならなくなってきたという感じです。若い編集者が自分で面白いと思う漫画を堂々とやれるようになってきました。

 読者からもよく「ハルタ」らしいという言葉をいただくのですが、そこには良い意味と悪い意味があると思っています。

 作家が描きたい漫画を全力で描いていて、その熱量が絵の描き込みやコマ割りの丁寧さやセリフの練りに表れている。そういった良い意味での「ハルタ」らしさはこれからも引き継いでいきたいなと思います。

 一方で、似たような作風や絵柄の漫画が増えてしまって、それを「ハルタ」らしいと言われてしまうのは良くないことだと感じています。でも以前に比べてその傾向はなくなってきています。

――「担当裁量制」「新人作家の育成・生え抜き主義」のほか、「企画を漫画家に提案しない」のが編集部の方針だと伺っていますが、これらは良くない“らしさ”にがんじがらめにならず、作家さん主体で作品作りができるようにするためであると。

塩出:そうですね。それがマイナー編集部の戦い方だと思っています。現在の漫画業界はスピードがさらに速くなっていて、週刊連載で高いクオリティの作品がどんどん出てくるし、ひとつのジャンルの作品が売れるとそれに追随した作品も沢山出てきます。読者が新しいコンテンツを求めるスピードも速くなっています。

 スピードやみんながやっているやり方で競ってしまうと、僕たちみたいな小さな編集部で、しかも年10回の刊行となると絶対に勝てないんです。じゃあ何で勝負するか? と考えたら、やっぱり作家性に賭けることだと思うんです。作家の好きなものやフェティシズムとか歪みとか……。他の人には描けない、その人だけの特別な漫画を描いてもらうしかない。

 一方で、作家性が出ていればなんでもいいわけではありません。描きたいことを描いてださいと謳っている編集部ではあるんですけど、世の中の人に伝えるために描いてほしい。そこに編集者の役割があると思っています。

――前半でも、新人作家さんは自分でも作品のことを整理できずに混乱している状態にあるから何か一つの型を提示すると仰っていましたね。

塩出:漫画家が描きたいものを読者が楽しめる形にして世に出しましょう、というのが「ハルタ」の基本方針ですが、そのやり方は個々の編集者によって違います。

 『いやはや熱海くん』や『ウスズミの果て』や『殺し屋の推し』を担当しているのは若手の編集者で、僕にはないやり方で漫画を作っています。

――『いやはや熱海くん』は宝島社『このマンガがすごい!2024』オンナ編 第3位にランクインするほど支持を集めています。

塩出:作者の田沼朝さんは言葉に対する感覚がすごく長けている作家です。漫画自体に大きな出来事や派手さがあるわけではないのですが、高校生たちの自然な関西弁の会話が心地良い。ずっとこの人たちの会話を聞いていたい……みたいな気持ちになる作品です。

 担当裁量制だから『いやはや熱海くん』みたいな作品が生まれてくると思うんです。もしもネームの段階で僕に意見を求められたら、「何か展開を追加しよう」などと余計なことを言ってしまいそうです。「劇的なことが起こらない、この日常こそが魅力的なんだ」という、担当編集の判断が圧倒的に正しいんです。漫画作りのセオリーとは違うのかもしれませんが、作家の魅力を活かす作品づくりとしては正しい。

――編集長が口を出し過ぎてしまうとうまくいかなくなってしまうと。

塩出:若手の編集者が若い漫画家と組んで作る漫画が「ハルタ」を良い方向に変えていってくれるんじゃないかなと思います。だから無理にこうしようとか、こちらから何か示す必要はありません。

関連記事