杉江松恋の『鎌倉ものがたり』評:ミステリー的な構成のおもしろさ、幻想譚ゆえの奇想、根底にある深い人間洞察

 すこし・ふしぎ、で、すこし・ふじょうり。とても・ファニーで、とても・フェア。

1985年5月19日刊行の『鎌倉ものがたり(1)』

 『三丁目の夕日』で知られる西岸良平、もう一つの代表作『鎌倉ものがたり』はそういう作品だ。

 舞台となっているのは神奈川県の古都・鎌倉である。そこにミステリー作家の一色正和が住んでいる。短大生時代に編集部のアルバイトをしていた中村亜紀子は原稿取りに来て正和と知り合い、結婚する。初登場時、正和は33歳、亜紀子は21歳である。童顔で背が低いため正和の娘と間違われることもある亜紀子だが、鎌倉の街でふたり支え合って生きていくようになる。正和は鎌倉時代の実力者だった比企一族の若武者、亜紀子は北条一族の姫であったが、戦乱によって悲恋に終わったという前世の運命があることが後に明かされる。ふたりの絆はそれ以来のものなので強固な運命によって結ばれているのである。

 この物語で描かれる鎌倉は、現実と魔界の交点になっている。新婚の亜紀子は夜の鎌倉でカッパを目撃し怯えるが、それくらいは日常茶飯事なのだ。物語に魔界の占める割合は次第に増加していき、タクシーも魔物専門のMナンバーが走るようになる。ローカル放送局らしい鎌倉テレビが一色家でも映るようになるが、それも魔物専用局である。街の人も魔物の存在に慣れていて、人間ならざるものが歩いていても気にしなくなる。

 そうしたエヴリディ・マジックの世界観で描かれる物語だが、中心にあるのはミステリーだ。正和はミステリー作家であると同時に、地元・鎌倉警察署からもたびたび協力要請がくるしろうと名探偵なのである。いまだに原稿用紙に万年筆で手書きという古風な作法の正和は趣味人であり、鉄道模型や熱帯魚飼育、サボテン栽培などに目がない。おそらくは探偵もその一つで、鎌倉署から依頼があると切羽詰まった原稿も放り出して飛びだしていく。その結果あとで〆切地獄に苦しむことになる、というのが毎度の展開だ。

 『鎌倉ものがたり』は作者のミステリー愛が存分に発揮された連作集で、しかもいわゆる「本格もの」、謎解きの関心を主にした論理的な作風に傾倒している。なにしろ正和はメロドラマ的展開やご都合主義のミステリードラマを目にすると、出来が悪い、と言い放つ謎解き至上主義者なのだから。最初に正和が捜査に参加するのは第3話の「幼なじみ」である。密室状態の家で起きた傷害事件に旧知の女性が巻き込まれたため、鎌倉署の捜査に協力することになる。

『鎌倉ものがたり(1)』第3話「幼なじみ」より

 ミステリーの専門用語を使って言えば、特殊設定もののはしりということになるだろうか。鎌倉が現実と魔界の交点であり、どんな怪異が表れても不思議ではないということが各話の前提になっており、その設定をうまく応用した謎が描かれるのである。しかし、すべてがそうしたファンタジックな事件というわけではなく、現実に実行可能なトリックや、地上の論理のみで書かれたエピソードも少なくない。鎌倉という街の知識がうまく組み込まれた第12話「江ノ電沿線殺人事件」や第41話「凍りついた場面」、即身仏となる行に励んでいた老僧が地中から刺殺体で発見される第25話「ミイラの呪い」、一色作品に演劇化の話が来たところから始まる連続殺人事件・第111話「隠された動機」、巧妙なアリバイトリックの第117話「時間の罠」、ありえない事態が描かれる不可能犯罪もの・第126話「墜落地点の男」など、枚挙に暇がない。

『鎌倉ものがたり(12)』第126話「墜落地点の男」より

 現実的な論理とファンタジー的な設定が組み合わさった作品には特に秀作が多い。真相を知るとしみじみとした味わいがある第71話「オムレツは知っていた」、最初に見えていた構造がある事実によってひっくり返される楽しみのある第160話「消えた死体」、どんでん返しの切れ味がいい第178話「松宮ルリ子の殺意」などなど。世界を縛る因果律が現実寄りにも幻想寄りにも、どちらにも転びかねないことがあらかじめわかっているので、物語を読み終えるまで何によって結末がもたらされるか予想がつかない楽しみがこの連作にはある。

 第70話「怪盗鎌倉ルパン」で初登場した怪盗鎌倉ルパンは神出鬼没の愉快犯であり、正和に化けるのが大得意という迷惑な人物である。彼がジョーカーとして加わることで一層話の幅は広がった。作者が古今東西のミステリー好きであることははしばしから窺い知れ、ここには書かないが、話の題名を見ればある程度内容の予測がつく、というものもある。作中で読者への挑戦が行われたこともあり、基本的には正々堂々として知恵比べを旨とする作風なのである。

『鎌倉ものがたり(7)』第70話「怪盗鎌倉ルパン」より

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