速水健朗のこれはニュースではない:映画『スオミの話をしよう』と紀州のドン・ファン事件について
三谷作品の『記憶にございません!』の中で、レストランに出かけた黒田啓介(中井貴一)のところに「当店からの特別サービス」とワインを持ってくる場面がある。ただ実は普通のワイン。サービスのプロであるレストラン側は、「特別」「あなただけ」に人が弱いのだと知っている。しかし記憶喪失で「いい人」になっている中井には、その「特別扱い」は通用しない。この辺が三谷作品の真骨頂。ちっちゃな人間性を持った俗物たちを描き、そこにこそ存在する人の本質、普遍性に触れる。
さて、映画には多数の時事ネタが込められていた。それは、YouTuberのキャラクターにも現れている。松坂桃李が演じるYouTuberは、詩人がケチった身代金の残金、5000万円をキャッシュで持ってきたスオミの元夫の1人。金回りがよくて、軽薄で行動力があって、人心掌握に長けて、かっこつけで、実は金に困っている。最近、脱毛サロンの広告塔の仕事がうまくいかなかったみたい。YouTuberのモデルは完全にヒカルである。ちなみにサウナに行くのは、箕輪厚介要素か? 松坂桃李とスオミは、YouTuber仲間だった。彼女のビジネスは、補整下着。モデルはてんちむだ。
最後に。映画が批判されるポイント。長澤まさみに小芝居だけをさせて演技をさせなかった。スオミは、相手によっていろいろな人格を演じてしまう。本音や素のスオミは出てこないままミュージカルが始まる。ちゃぶ台を返したようにも見える。ただ、素の自分なんて、安っぽい詩人の落書きのようなものだ。誰だって自分の人生を演じているのだということもできる。
ちなみに紀州のドン・ファン事件の家政婦は、その後、YouTuberに転身していた。2年前に更新は止まっている。復活すればいいのに。
■書籍情報
『これはニュースではない』
著者:速水健朗
発売日:2024年8月2日
※発売日は地域によって異なる場合がございます。
価格:本体2,500円(税込価格2,750円)
出版社:株式会社blueprint
判型/頁数:A5変/184頁
ISBN 978-4-909852-54-0 C0095